2009年4月8日

4月12日2009年の週報に掲載

今日は復活祭! 主の復活を心から喜びましょう。

 私たちの信仰、宣教の実質は「復活」の歴史的事実にあります。

「キリストが復活されなかったのなら、私たちの宣教は実質のもになります。」(Ⅰコリント15:14)と記されている通りです。

 復活など神話に過ぎない、と言う人はいつの時代にもいます。しかし、復活が事実であるかどうかを一番知っているのは使徒たちです。人は偽りのために命をかけることは出来ません。使徒たちは全員が殉教しました。あの臆病なペテロにしても、イエスが生きている時でさえ裏切った者たちが、ましやてやキリストの死後、復活という嘘のために命をかけることはあり得ません。

 彼らは、確かに復活のキリストに出会ったのです。その手とわき腹に、十字架の傷跡を見たのです。だからこそ、復活の証人として最後の一息までキリストの福音を宣教したのです。

 キリストの十字架の死と復活は歴史的事実です。私たちの信仰は、単なる神話や言い伝え、人が作り出した教理に立っているのではありません。また自分の感覚や体験、感情の起伏に立っているのでもありません。キリストが、私のために死なれたこと、そして復活して今も生きておられること、この事実に立っているのです。

 パウロは、もし復活がないのなら、自分はすべての人の中で最も哀れなものだ、と言いました。それはそうでしょう、ありもしない偽りのために命を懸けているのですから。しかしパウロは、キリストは死者の中からよみがえった! と高らかに宣言しました。主は今も生きておられます。 これは歴史的事実です。 

関牧師


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