2009年8月27日

8月30日2009年の週報に掲載

 覚悟はしていましたが、痩せた父の姿に少なからず驚きました。言語障害があって話すことが出来ないので、文字盤を指で示すのですが、それさえもパーキンソンによる手の震えでうまくいかず、水を飲みたいということを理解するまで10分もかかりました。食事は、飲み込むことが困難で、スプーン2,3杯のどろどろの食事をするだけで1時間かかります。付き添ってくれている叔母に感謝です。

 今日は枕辺で讃美歌をたくさん歌いました。涙を流して、一生懸命に一緒に歌おうとしました。聖書を読むと、これも涙を流して喜んでくれます。御言葉の奉仕に生涯を捧げてきた父ですから、何よりも礼拝が嬉しいのだと思います。皆さんから頂いた寄せ書きを食い入るように見て、何が書いてあるのか知りたそうにするので、一人一人の言葉を読んで聞かせました。皆さんの愛が十分に伝わりました。本当にありがとうございました。

 兄弟三人が、本当に久しぶりに顔を合わせました。弟は父との30年振りの再会となりましたから感無量だったでしょう。私も叔母から父の子供、青年時代の話を聞いたりして、改めて父の存在を見なおしています。高校生くらいの時の写真は、本当に私にそっくりでした。

 今回、神様が導いてくださったことは「赦し」ではないかと感じはじめています。それぞれが負い目を持っているような、でもこの時、その負い目が一つ一つ取り去られていくようです。
 確かなことは、私たちの地上での生涯は限られているということです。そして天国には何も持って行くことは出来ないのだと、改めて本当に大切なものは何なのかを考えさせられています。

関牧師


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