2014年2月28日

3月2日2014年の週報に掲載

 今年の受難節は3月5日から始まります。今年も、十字架の恵みの深みまで導かれていきましょう。

 毎年言っていることですが、十字架のイエスと向き合い、そこで何を聴き、何を見て、何を感じて、どう応答するか、それが私たちの信仰の実質です。
   これが明確でないと、他の何があっても信仰は立ち行きません。

 今年は、「御霊の実を結ぶために」をテーマにしています。私たちの内にある御霊に逆ら肉を十字架につけることを求めていきます。
『黙想の手引き』が配布されますので、是非、個人で、ミニチャーチで、また礼拝後のスモールグループで用いてください。

 さて話は変わりますが、3月23日(日)、角田利光、愛美夫妻、愛架ちゃん家族の最後の礼拝となり、日本に発ちます。いよいよ東京聖書学院での学びに入っていきます。入学式は4月9日です。どうぞ、お祈りに覚えてくださり、みんなで支えていきましょう。

関牧師

2014年2月20日

2月23日2014年の週報に掲載

 先週は「誠実の実」について語りました。誠実とは、真実、忠実、信仰とも訳される言葉です。私たちは、神が約束に対して真実である方なので、信じることが出来るのです。私たちの信仰とは、神の真実に支えられているのです。

 なぜ三日坊主の私が、特別に意志の力の強い者でもない私が、信仰生活が30年守られているのか? それは、私の信仰でも、私の意志でも努力でもなく、ただ神が真実だから、ということだけです。

 神が主イエスを通して、語られたすべての約束が真実だからです。私が初めて聞いた神の御声「みよ、わたしは世の終わりまでいつもあなたがたと共にいる」(マタイ28:20)の約束は、たとえ私が不真実であっても、神の真実は変わりませんでした。だから、私はここまで来れました。

 私たちの信仰は、神の真実のゆえに保たれているのです。そして哀歌の御言葉にあったように、その真実は力強く、朝ごとに新しいのです。永遠に変わることがないということです。

 この神の真実に支えられて、これからも神の約束を信じ切るものでありましょう。

関牧師

2014年2月13日

2月16日2014年の週報に掲載

 御霊の実についてシリーズでメッセージを語っています。「善意の実」とは何でしょうか? 「親切」が愛を行動することなら、「善意」はその行動の動機です。動機ももちろん「愛」です。

 主イエスの善意を特に強く感じる所が「宮清め」です。イエスの激しく、厳しい姿です。私たちは、動機が愛であるからこそ、そこには厳しが出てくるのです。

 私たちが、もし天の父の本当の子供であるなら、天の父は愛する子を懲らしめ、訓練するのだと聖書に書かれています。ヘブル12:5~13。 私たちが懲らしめを受けることが、天の父の本当の子供であることの徴なのです。

 天の父の動機は、愛しかありません。善意しかありません。愛する子の最善を計画し、祝福に満ちた人生を願っていてくださいます。だからこそ、私たちを懲らしめることがあるのです。天の父は、本気で私たちと関わっておられるのです。

 善意の押しつけというものがあります。動機は愛でも、方法において間違うことがあります。その時には、愛し方を学ぶチャンスです。御霊の実を豊かに結ぶものとなりましょう。

関牧師

2014年2月6日

2月9日2014年の週報に掲載

 先週のサンデースクールの時間、ユースたちが、「御霊の実」のジュースを持って来てくれました。9つのフルーツを持ち寄ってミキサーにかけて作ったジュースでした。美味しかったです。

 また、その発想にも感動しました。とても楽しいアイディアですよね。こうやって楽しみながら、御霊の実を意識していくのはいいです。飲めなかった方のために、またやって欲しいなと思います。

 さて、先回は「親切の実」について取り上げましたが、主日に語られたメッセージを意識させるような出来事が、その週にあることがよくあります。寛容の実なら、寛容や忍耐を意識させるような出来事。親切の実ならば、愛の行動について意識させるような出来事が起こることがあります。

 この一週間はどうだったでしょうか? 主イエスの愛を、文字だけではなく、実際の事として受け留めることがあったでしょうか? そこに感動という味わいがあったでしょうか? あるいは、他者に対して愛を実践することにおいて、チャレンジがあったでしょうか?「受けるよりも与える方が幸いである」という幸いを体験することがあったでしょうか?

 是非、毎主日に語られているメッセージを、その週に、いえ週だけではなく人生において実践することを意識してください。今日は、「善意の実」です。この実の味わいはどんなでしょうか。

関牧師