2011年9月23日

9月25日2011年の週報に掲載

スリムな体系をキープし、リバウンド防止のために、庭仕事に精を出しています。そして、とうとう、牧師館の庭の一角に畑を開墾しています。芝生をはがして、土を掘り起こして、これがなかなかの重労働でいい汗を流しています。今から、どんな種を植えようかと考えると、とても楽しみです。


収穫の時は、喜びです。それが楽しみです。しかし、収穫に至るまでのプロセスには、それなりの苦労があります。体重に関しては「NO PAIN.NO GAIN」ですが、収穫に関しても「NO PAIN.NO HARVEST」です。

伝道=福音を宣べ伝えること。私たちが伝道する時、その報いは「喜び」です。一人の人がイエス・キリストを信じて救われるとき、天において大きな喜びあり、その喜びを自分も共に喜び、そして救われた者が喜ぶ、その喜びがまた自分の喜びとなる。伝道の祝福は喜びです。


しかし、この魂の収穫とも呼ばれる、この伝道も、収穫の喜びに至るまでには、それなりの苦労があります。

「涙と共に種を蒔く者は、喜び叫びながら刈り取るであろう」詩篇1265とあります。普通、涙と共に種を蒔くことはありません。それは収穫を期待しているからです。しかし、この詩篇は、何度蒔いても、何度も蒔いても収穫が得られない、そんな苦しみを表現しています。それでも、種を蒔かなければ収穫はありません。だから蒔き続けるのです。そして、イエス様は言われました。「目を上げて畑を見なさい、もう色ずいて、収穫を待っている」と 今は収穫の時です。
関牧師



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