2009年9月23日

9月27日2009年の週報に掲載

 先週は、有志数人と教会に来れない高齢の方々を訪問しました。ゴードンさん静子さん夫妻は、ミスターがふらつくので礼拝に来れませんがお元気な様子でした。瀬長ルースさん95歳です。開口一番「イエス様に感謝します」と歓迎してくれました。谷戸せんさん、体調が悪く礼拝に来れませんでしたが、表まで出て来てくれました。平岡志子さん、枕辺に置いてある聖書が光っていました。お元気です。松田ルースさんはカイルアに引越しています。水谷エドナさんは、95歳です。一人暮らしをしていてとてもお元気でした。

 また時をみて、佐々木一枝さん、遠田綾子さん、前田梅子さん、米谷エドナさんの所へも行きましょう。

 堀内ふみさんは、次の日に真柴姉が訪問されました。ふみさん曰く「神さまのことを知っているつもりでしたが、動けなくなってから、さらに神さまの愛が深く分かるようになりました。いつもイエスさまから平安をいただいています。感謝です。」と語られたそうです。

 主の恵みの中に歩まれている方々には、本当に主の栄光が輝いています。「私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています。」(2コリント4:16)と書かれている通りです。

 今朝は、洗礼式が持たれました。礼拝では転会式もあります。ホノルル教会というキリストの体に加わった方々を心から歓迎いたします。私もそうですが、ここにこの教会があったので、私たちは今の恵みを受けています。それは多くの信仰の先輩方の祈りと信仰の賜物です。この財産を受け継ぎ、私たちも共に主の恵みに預かっていきましょう。そしてそれを分かち合い、また残していきましょう。 

関牧師


2009年9月17日

9月20日2009年の週報に掲載

 私も45歳を迎えました。ちょうど40歳でハワイに来たので計算がしやすいのですが、ハワイ滞在4年半となりました。感覚的には40年くらい、ちょっと大げさですが、それくらい昔からハワイにいるような感じがしています。

 今日もマノアの風に吹かれながら、神の愛の豊かさを満喫しています。多くの方々からのハッピーバースデーを心から感謝します。

 私の誕生日は9月15日、敬老の日です。今まで教会で高齢者の方々へのミニストリー、ケアーということを常に考えてきましたが、どうもうまく機能しません。その理由は、何でしょうか? 実際的なこととして、高齢者という名前で一つにまとめてしまう所に問題があるのではないか、そのように考えています。
 高齢者の方でも、私の父のように70前半で寝たきりの方もいれば、90歳を超えてなお元気という方もいます。一人一人みんな違うのに高齢者という呼び方で一緒にしてしまうのはどうでしょうか。もちろん共通点も多くありますが、一人一人、みんな違ったニーズがあり、ケアーを必要とし、あるいはケアーをする側に立っておられる方もいます。

 教会のミニストリーは、それは高齢者に限らず、一人一人の存在をまず一人の神のかたちに造られた人間として見つめていくところから始まるのだと思います。その人生、歴史、背景、個性を尊重し、それぞれに働かれている聖霊の働きに何よりも信頼していきましょう。その中で、お互いへの愛を表現していければと思います。
関牧師

2009年9月13日

フットプリント (HCCビジョン)

2000年5月にビジョンが歌ったフットプリントです。 

2009年9月10日

9月13日2009年の週報に掲載

 朝が少し冷えるようになってきました。もともと布団をかけないで寝ているので、今朝は寝冷えしました。

 先立って持たれたミニアシュラムは、本当に恵まれました。2回の静聴の時がありましたが、2回目の時にたくさんの語りかけをいただきました。私は、いつも語られたことをその場で書き留めるようにしています。でないと忘れてしまうからです。でもそれ以上に、書き始めると、次々に語られて書き留めるのに追いつかないくらいになります。他にも、自分で語りながら、語られるということを経験します。語りながら気づかされていくのです。

 人それぞれ神からの語られ方というものがあるようです。いずれにしても、神は常に語っておられます。

 今、耳を澄ましてみてください。いくつの音が聴こえるでしょうか? 掃除機の音、子供の声、プリスクールの先生の声、車の通り過ぎる音、風の音、何かがぶつかった音、驚くくらいに様々な音があります。でも、ほとんどの音はキャッチしていません。
 聴こうとして耳を澄ませて初めて聴こえる音があります。神の御声も、聴こうとして、耳を澄ませないと聴こえません。いつもすぐそこで語っておられるのですが、こちらが聴こうとしないと聴こえないのです。神の語りかけを聴き、神に自分の言葉で語りかける、そのような人格的な関係を持つことを、神は求めておられます。どうぞこの関係を深め、いよいよ豊かなものにしていきましょう。

関牧師



2009年9月5日

9月6日2009年の週報に掲載

 礼拝で語られるメッセージは、語っている自分自身も語られていることに気づかされます。主の祈りを通して、私たちは神に「愛されている子供」なのだ、ということを学んできました。

 そんな中で、福島の父に会いに行ったのですが、私にとって「愛されている自分」を発見する旅でもありました。父は私の訪問をとても喜んでくれました。親子だから当たり前と言えばそれまでですが、私にとっては大きな出来事でした。父にとって自分の存在は、どれほどのものなのか? それを疑わせる出来事や第三者から聞いた言葉が事実あるからです。

 父と二人きりの時、父が突然手を伸ばして私の頭をなでました。ちょっと驚きました。その時は、それだけでした。しかし、帰りの新幹線の中で、その出来事の意味が心に迫ってきました。「私は、この父に愛されているんだ」と涙が出てきました。記憶の向うに、小さい頃父に頭をなでられた時のことが思い出されてきました。私は物事を美化するのは好きではありません。確かに父には足りない所もあったでしょう。しかし、父が私の頭をその手でなでた時、私の心に言葉では表現できない暖かいものがあふれました。

 天の父に愛されている子供であることが分かって、次に肉の父にも愛されている自分を発見することが出来ました。神様からのプレゼントです。イスラエルがその息子たちの頭に手を置いて祝福した記事が創世記にあります。もしかしたら、父は私を祝福してくれたのかもしれません。自分は、愛され、祝福されている存在であることを受け留めることが出来ました。キリストの癒しは拡がります。

関牧師


2009年9月3日

シャロン・フラチーム(主の愛が今)

ホノルル教会の中にシャロン・フラチームがあります。 フラの中でもゴスペルフラといって、天地創造主に向かって神の栄光を踊ります。