2019年9月27日

9月29日2019年の週報に掲載

 今日から土曜日まで、日英合同断食祈祷を呼び掛けています。 これは、強制ではなく、呼び掛けです。 また、先週配布した資料にもありますように、仕事、健康、体力、生活状況に合わせて出来る範囲で参加してください。 参加できない方は、無理をしないで、断食をしないでお祈りをしてください。

 また断食祈祷は、苦しむのが目的ではありません。祈りに集中し、そのための時間と環境を作るのが目的です。 あくまでも祈るための断食です。
 これらのことを踏まえて上で、イエス様も使徒たちもしばしば断食して祈ったように、断食祈祷には特別な恵みがあるのも確かです。
 断食中は、霊的な感覚が研ぎ澄まされていくような、食べるという行為を捧げることで、身体全体が霊的に敏感になるようです。 出来る方は、どうぞチャレンジしてみてください。

 祈ることは、祈ることでしか学べません。 どれだけ祈りについての教えを受けても、祈るということをしなければ祈りの恵みは分かりません。
 祈りに上手も下手もありません。立派な祈りなどありません。 祈りは、神との交わりです。隣接地の取得を通して、このように日英が心を一つにして祈る機会が与えられていることは、主の恵みです。祈りましょう。

関真士牧師

2019年9月20日

9月22日2019年の週報に掲載

 家族6人の賑やかだった我が家も、上の二人が巣立ち、下の二人もバイトで忙しく、だいぶ静かになってきました。

 寂しさを感じないと言えばウソになりますが、子供たちが自分の道に踏み出しいく姿は本当に嬉しいものです。 下の二人も、自分の道を見出していくことでしょう。

 私も55歳になり、いよいよ人生後半戦です。50歳あたりから男性の更年期に戸惑いましたが、だいぶ心と身体が落ち着いてきたかなと思います。

 3人の人がレンガを積む作業をしていました。それぞれに「あなたは、何をしているの?」と尋ねたました。 一人目は「私はレンガを積んでいます」と答えました。 二人目は「私は、レンガを積んで壁を作っているんだ」と答えました。 三人目は「私はレンガを積んで壁を作り、危険から皆を守っているんだ」と答えました。

 おそらく同じ作業をしていても、三人の心のあり様は随分と違うのではないかと思います。
 あなたは、なぜ、それをしているの? なぜ、その奉仕を、仕事をしているの? 私たちは、なぜ教会を形成しているの? なぜ隣の土地を購入しようとしているの? この、なぜ? はとても大切なことです。

関真士牧師

2019年9月13日

9月15日2019年の週報に掲載

“DO THIS IN REMEMBRANCE OF ME”
「私を覚えて、これを行いなさい。」

 礼拝堂にある聖餐式の台には、このみことばが英語で刻まれています。 最近私は、個人的にも月に一度執り行われる聖餐式から、特別な恵みを頂いています。
 上記のみことばを、イエス様は十字架で死なれる前夜に弟子たちに遺され(託され)ました。 それから、ずっとキリスト教会の礼拝の中心として守られてきたのが、この聖餐です。

 イエス様のからだと血を共に預かるその意味とは何でしょう?

 最近、私はこのように語られ、教えられています。それは、私たちがその御体と血をいただく時に、「私たちがキリスト(いのち)のうちを生きている」ということ、そして同時に「キリスト(いのち)が私たちのうちを生きている」という現実であり奥義を表している、と。

 ある日、私は信仰の先輩より、この聖餐のキリストのからだと血とは、この世の旅路の食物(糧)であると聞いたことがあります。 私たちの日々の糧、いのちのパン、ますますキリストにある喜びを共に味わわせて頂きたく願います。

高木牧人牧師

2019年9月9日

9月8日2019年の週報に掲載

▼今週は、教団総会がありました。北加のウォールナッツクリーク教会を会場として集まりました。
 私たちの属する教団は、“Oriental Mission Society Holiness Church of North America”という名称です。 普段は、北米ホーリネス教団と呼びます。

 2021年が、ちょうど教団創立100周年となります。 この教団は、当時ロサンゼルスに移民した若者たちの熱い祈りから始まりました。
 日本人移民への宣教のために始まった教団で、現在は、南加、北加、アリゾナ、ハワイに、計18の教会が属しています。

 日本から視て海外にある日本人教会というのは、特別な役割を担っています。 日本語で賛美を歌い、祈り、メッセージを聴き、日本語で交わるというのは、とても大きなニーズがあります。
 また、英語部と共に存在しているのも、とてもユニークなところです。 言語、文化の違いを超えて、主にあって一つの神の家族であることがそこに証詞されています。

関真士牧師