2011年4月22日

4月24日2011年の週報に掲載

主イエス・キリストの復活を心から喜びます!

今年の受難節は、「黙想のしおり」を用いながら、共に御言葉に導かれてまいりました。また一歩、主の十字架に近づくことが出来ましたか? 「自分にとって、キリストの十字架とは?」 確かな答えを頂きましたか?


さて、今日は復活祭です。主は今も生きておられる、これが私たちの信仰です。しかし、主が生きておられても、遠く離れた雲の上か、一年に一度おいでくださるような、そんな離れたお方であるなら、私たちと何の関係があるのでしょうか?


しかし幸いに、主は私たちと共にいてくださるのです。最も近くにいてくださるのです。ですから私たちは、この主と人格的関係を持つことが出来るのです。この主との生きた関係こそが、私たちの成長の力であり、支えになります。


一人一人が、主との人格的関係を、より強く、親しく持つために、近々、新しいクラスをスタートいたします。それはメッセージを聴くものではなく、御言葉に聴くこと、それによって主との人格的関係を構築するのを助けるものです。


自分自身が、主の御声を聴き分け、受け入れ。従う。さらには自分のことばで、主に語りかける。この人格的関係こそが、私たちの信仰の土台となります。共に求めていきましょう。




関牧師




2011年4月15日

4月17日2011年の週報に掲載

いよいよ受難週に入ります。金曜日はグッドフライデーです。共に、主の十字架に、もう一歩近づきましょう。

「あなたにとって、イエスの十字架とは?」この問を投げかけています。それぞれに答えが与えられましたか? この問への答えが、自身の信仰の内実です。そして、十字架をどう理解して、どのように応答するか? これが私たちの信仰生活を決定的に左右することになります。

十字架の前に出た時、私たちは二つの言葉しか出てこないと言われます。一つは「ごめんなさい」。これは悔い改めの言葉です。神から離れていた「罪」というものが、どれほどの「罪」であるか、その重さに気づかされます。

もう一つは「ありがとう」です。そんな罪人である自分のために、イエスは十字架で命を捨ててくださった。無条件の愛、敵を愛する愛、永遠に変わらない愛、十字架を通して私たちは本当の愛を知ります。 よく人生において「ごめんさい」と「ありがとう」、この二つの言葉が言えたら大丈夫と言いますが。信仰生活も同じです。神の御前で、この二つの言葉を持つこが出来たら、それで十分なのです。

「わたしに近づくために、命をかける者はいった誰なのか?」エレミヤ30:21 さあ、共に主の十字架を仰ぎ見ましょう。

関牧師


2011年4月14日

Hawaii Love Japan (O Happy Day)



日時:4月16日2011年(土)夜6-8時

場所:アロハタワー1階ステージ


東日本大震災を励ます為の義援金を集めるためのコンサートをゴスペルチーム「虹組」とシャロン・フラチームと他のシンガー(Sister Shelia & Brother David)が行います。


虹組はまだ1年足らずのグループですが、ぜひ励ましとお祈りのサポートをお願します。

2011年4月7日

4月10日2011年の週報に掲載

「こんな時だからこそ」最近、このセリフをよく耳にします。日本のプロ野球が「こんな時だからこそ」試合をする、しない、で意見が割れました。両者の言い分はどちらにも一理あります。この時期にハワイに来られる方も、「こんな時だからこそ来ました」「こんな時だからこそキャンセルしました」。あるいは「こんな時にハワイに来て申し訳ない」というのもありました。 それぞれに考えがあって「こんな時だからこそ」することを決断したり、しなかったり。どれも、その理由が大切なのだと思います。

イエス様は「喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣きなさい」と語られました。相手の心に寄り添おうとする気持ちが大切なのだと思います。それは隣人への愛です。



自分がしたいか、したくないか、ではなくて、それが相手の益になることなのかどうか。 この動機から始まった「こんな時だからこそ」の判断は、決して誤ることはないでしょう。



私たち教会は「こんな時だからこそ」何をするのでしょうか? 何をしないのでしょうか? 本当に大切なものは何でしょうか?「大切」という言葉は「大いに切迫する」という所から来ています。


つまり緊急事態にこそ、本当に大切なものが見えてくるということです。 今、私たち教会にとって、本当に大切なもの、優先順位というものを考えさせられる機会であろうと思います。

関牧師


2011年4月1日

4月3日2011年の週報に掲載

WALUプロパティの銀行がローン(約1.5ミリオン)が完済されました。これで、また一歩リニューアルに近づきました。


WALUプロパティの取得の意義は少なくとも2つありました。一つは駐車場の確保のためです。しかし、ここがオバマ大領領の住居であったことが分かったこと、また近隣住民の反対もあり、いまだ駐車場にはなっていません。もう一つの意義は、この敷地が、教会の敷地面積に加えることが出来るということです。それによって増改築が法的に可能になります。日本語では建蔽率と言いますが、その率が上がったということです。


現在、CITYから要求されているのは駐車場の数です。それがクリアーされると、具体的な建築内容についての認可に入ります。これまでのリニューアルへの献金はWALUプロパティの返済に優先的に使われていましたが、これからの献金はすべて建築費用のために蓄えられます。どうぞ、これからも献金の継続をよろしくお願いいたします。


今回の震災で、日本の耐震技術の高さに賞賛の声が世界で起こっていますが、それも津波に対しては、抵抗のしようがありませでした。
「神、そのまなかにいまし、その都は揺るがない」(詩篇46:5)
この時、私たちは決して揺るがないものに想いを向けます。教会のまなかに、何があるか? 主なる神をその真ん中の王座にお迎えできる教会として整えられていきましょう。

関牧師