「あなたにとって、イエスの十字架とは?」この問を投げかけています。それぞれに答えが与えられましたか? この問への答えが、自身の信仰の内実です。そして、十字架をどう理解して、どのように応答するか? これが私たちの信仰生活を決定的に左右することになります。
十字架の前に出た時、私たちは二つの言葉しか出てこないと言われます。一つは「ごめんなさい」。これは悔い改めの言葉です。神から離れていた「罪」というものが、どれほどの「罪」であるか、その重さに気づかされます。
もう一つは「ありがとう」です。そんな罪人である自分のために、イエスは十字架で命を捨ててくださった。無条件の愛、敵を愛する愛、永遠に変わらない愛、十字架を通して私たちは本当の愛を知ります。 よく人生において「ごめんさい」と「ありがとう」、この二つの言葉が言えたら大丈夫と言いますが。信仰生活も同じです。神の御前で、この二つの言葉を持つこが出来たら、それで十分なのです。
「わたしに近づくために、命をかける者はいった誰なのか?」エレミヤ30:21 さあ、共に主の十字架を仰ぎ見ましょう。
関牧師
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