今日もマノアの風に吹かれながら、神の愛の豊かさを満喫しています。多くの方々からのハッピーバースデーを心から感謝します。
私の誕生日は9月15日、敬老の日です。今まで教会で高齢者の方々へのミニストリー、ケアーということを常に考えてきましたが、どうもうまく機能しません。その理由は、何でしょうか? 実際的なこととして、高齢者という名前で一つにまとめてしまう所に問題があるのではないか、そのように考えています。
高齢者の方でも、私の父のように70前半で寝たきりの方もいれば、90歳を超えてなお元気という方もいます。一人一人みんな違うのに高齢者という呼び方で一緒にしてしまうのはどうでしょうか。もちろん共通点も多くありますが、一人一人、みんな違ったニーズがあり、ケアーを必要とし、あるいはケアーをする側に立っておられる方もいます。
教会のミニストリーは、それは高齢者に限らず、一人一人の存在をまず一人の神のかたちに造られた人間として見つめていくところから始まるのだと思います。その人生、歴史、背景、個性を尊重し、それぞれに働かれている聖霊の働きに何よりも信頼していきましょう。その中で、お互いへの愛を表現していければと思います。
関牧師
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