2008年8月29日

8月31日週報に掲載

 先週の礼拝では、井下修養生がメッセージを語ってくださいました。井下修養生は、東京聖書学院においてインターン生として4年目を迎えています。卒業後の進路については、まだ明確な神の導きを待ち望んでいるところです。どうぞ覚えてお祈りください。
 私たちは、自分が救われた教会を「母教会」と呼びます。「母教会」は、そこから生み出された者を覚えて祈り続けるものです。私は、1984年にサンノゼにあるサンタクララ教会で洗礼を受けました。私にとっての母教会です。振りかえる時に、時にかなった母教会からのサポート、手紙、祈りが、どれだけ助けとなり、励まされたか分かりません。
 私たちは、母教会として井下ファミリーのために、覚えて祈り続けましょう。日本という困難な地での伝道牧会には、様々な戦いがあります。ホノルル教会が生み出した神の働き人のために、母教会として祈っていきましょう。
 さて皆さん、あなたは神に全てを捧げて、神の働き人として生きていきたいと思われることはありますか? 導かれるなら神学校に学び、牧師、伝道者、宣教師として、その全生涯を神に捧げようと、考えたことはありますか? もちろん全ての人が、そのように召されているわけではありません。しかし、もしかしたら、あなたは召されているかもしれません。
 クリスチャンは、一度は必ず、そのことを考えてみていいと思います。私も「自分が牧師に?!」と今でも驚いています。井下修養生もそうだと思います。まさか自分が? しかし、神は「あなたの名を呼んでいる」かもしれません。耳をすましてみましょう。


関牧師


(掲載している写真はブログとは直接関係ありません。)

2008年8月21日

8月24日週報に掲載

 本日の礼拝には、井下ファミリーをお迎えしています。井下泰文修養生は(聖書学院では神学生と呼ばずに修養生と呼びます。)は、ホノルル教会から献身して、東京聖書学院で学んでいます。現在4年目のインターン生として、神奈川県座間市のひばりが丘教会で奉仕していますが、実質的にはすでに牧師の働きをされています。
 ハワイで歯科技工士されていた中で、神の召命(コーリング)受けて、奥様と乳飲み子を連れて聖書学院に入学されました。その間に、なんと二人の女子が与えられて、今回は家族5人での里帰りとなります。
 井下修養生は、KZOOラジオの「心に光を」放送を聞いて、感動したのではなく、抗議するためにラジオ局に来たそうです。しかし、それがきっかけで、教会に導かれ、クリスチャンとなり、教会にいためぐみさんと結婚され、献身まで導かれたのです。本当に人生は、どこでどう変わるのか? 神の計画は計り知れませんね。
 実は、私は井下ファミリーとは、ちょうど入れ替わりで、まだ直接お会いしたことはないのです。アルファハウスに入った時、サーフィンのロングボードに「絶対に取りに来ます」と貼紙がされて置いてありました。この3年半の間、ガレージセールにも出されずに、このロングボードは、持ち主のお迎えを待っていました。今回の来布は、これまでサポートして来た教団と教会への挨拶ということですが、日本での牧会伝道の実際を知っている者としては、ここハワイで霊肉ともにリフレッシュして、良き安息の時を持っていただけたらと思っています。

(掲載写真は井下ファミリーが聖書学院へ入学される前の2005年にハワイで撮った写真です)

関牧師


2008年8月17日

8月17日週報に掲載

 ハワイに住んでいると、時間の流れが日本に比べて相当に遅く感じます。いわゆるハワイ時間と呼ばれるものですが、この何ともスローな感じが良くてハワイに来る人と、それが嫌でハワイに住めない人と両方あるようです。
 私は、もともとせっかちな方で、集合時間の10分前には着いていたいタイプです。ハワイに来て最初の会議の時、10分前に行っても誰もいない、部屋を間違ったかなと思っていると、10分過ぎにサンダルと短パンで人々が集まり出したのには驚きました。
 そんな私も適応力があるのか、ハワイ時間がすっかり気に入ってしまっています。何だか人間らしい生活を取り戻したようです。結局、遅れるのが嫌なのは、そこで咎められることが嫌なのだと気づきました。動機は「恐れ」です。そんなことですから、遅れてしまうことに、イライラして焦ってしまうのです。しかし一方で、ハワイでは少々遅れても、あまり咎める人もいないからと平気で遅れてしまう、というのも考えものです。
 最近のこと、ワイキキに人を迎えに行くために、私は朝の混雑を計算に入れて、何分に家を出発するか決めていました。しかし、準備がうまく行かず遅れてしまい、焦りながら家を出たのです。ところが予想外に道がすいていて、到着したのは待ち合わせ時間ぴったりでした。私は何のために焦ってイライラしたのか? と何か損をしたような気分になりました。


 時間を守ることは大切です。でももっと大切なのは、時間をも支配しておられる主に信頼することだと思わされます。

関 牧師

2008年8月8日

8月10日週報に掲載

 今日は「心に光を」講壇交換の日です。「心に光を」とは、KZOOラジオを通して月曜日から金曜日まで午後2時45分から放送されているキリスト教番組です。放送開始以来、もう27年目になります。私も参加するようになって3年が過ぎました。現在は月曜日は日本の正木茂師、火曜日から金曜日までを7名のハワイの牧師が交代で担当しています。

 初めて番組に出た時、その後、多くの方から「聞きましたよ」と声を掛けていただき、この放送の影響力を肌に実感しました。実に多くの方々が聴いてくださっています。それでも何度かやっていると、うっかり放送時間をミスしてしまったこともありました。そんな時は、携帯電話で出演したこともありました。放送終了と同時に局に電話が入り、あの聖書の箇所はどこ? というレスポンスをいただくこともあります。初めてお会いする未信者の方に、いつも楽しみに聞いてます、と言われることもあります。

 ホノルル教会にも「心に光を」を通してキリストに出会った方がたくさんおられます。今神学校で学んでいる井下先生は、放送に文句を言うために訪れて、そこからクリスチャンになり、今は牧師になる学びをしています。この放送は、ながらく神戸のクリスチャンの方々のサポートを受けてきましたが、25周年を期に、ハワイの放送として自立することになりました。放送を維持するためには、それだけの経済的サポートが必要です。どうぞ献金を通して、この尊い働きに参加してくださるように、ご協力をお願いいたします。

 「心に光を」の生みの母、北村光餘子姉に感謝を込めて。
(KZOO放送局2003年の写真)

関牧師

2008年8月2日

8月3日週報に掲載

 昨日は、タンタラス山頂祈祷会が持たれた。この文を書いている今は、まだ登る前ではあるが、信仰によって、素晴らしい祈祷会であった、みな無事に守られた とあえて過去形で書かせていただきたい。

 3名の結核患者の命がけの信仰、生きている神を体験するという、これが私たちホノルル教会のルーツである。それぞれの教会には、家風ならぬ教会風というものがある。それぞれ雰囲気や特徴、賜物が違う。そして、その教会風というものは、年数が経ち、メンバーが変わり、牧師が変わっても、やはり変わらないものらしい。たまに、ルーツが教会分裂であったり、否定的な状況から教会がスタートする場合もある。そうすると、不思議と同じトラブルを繰り返す傾向がある。しかし、それも悔い改めることによって、祝福に変えられる。

 さて一転、目を将来に向けてみよう。そして幻を見よう。聖書には「幻のない民は滅びる」とあるが、幻・ビジョンを神から頂いて進んでいこう。タンタラスの山頂から、ワイキキのビル群を眺めた時、どんな幻が見えただろうか? イエスは、神の都エルサレムを見ながら涙を流された。そんな主の思いが伝わってくるようだ。混沌としたこの世界に主の愛が注がれて、人々が真の神に立ち返ることが出来るように。そのために私たちが聖霊に満たされて、今も生きているイエス・キリストを大胆に証しすることが出来るように。

 相変わらず繰り返される日本での事件、通り魔が後を絶たない、学校の教室で先生を刺し、子供が親を殺す、子供への虐待も増える一方だ。イエスは「出て行って福音を宣べ伝えよ」語られた。目を外に向けよう。あながたの光を机の下に隠してはならない。

関牧師