2008年8月2日

8月3日週報に掲載

 昨日は、タンタラス山頂祈祷会が持たれた。この文を書いている今は、まだ登る前ではあるが、信仰によって、素晴らしい祈祷会であった、みな無事に守られた とあえて過去形で書かせていただきたい。

 3名の結核患者の命がけの信仰、生きている神を体験するという、これが私たちホノルル教会のルーツである。それぞれの教会には、家風ならぬ教会風というものがある。それぞれ雰囲気や特徴、賜物が違う。そして、その教会風というものは、年数が経ち、メンバーが変わり、牧師が変わっても、やはり変わらないものらしい。たまに、ルーツが教会分裂であったり、否定的な状況から教会がスタートする場合もある。そうすると、不思議と同じトラブルを繰り返す傾向がある。しかし、それも悔い改めることによって、祝福に変えられる。

 さて一転、目を将来に向けてみよう。そして幻を見よう。聖書には「幻のない民は滅びる」とあるが、幻・ビジョンを神から頂いて進んでいこう。タンタラスの山頂から、ワイキキのビル群を眺めた時、どんな幻が見えただろうか? イエスは、神の都エルサレムを見ながら涙を流された。そんな主の思いが伝わってくるようだ。混沌としたこの世界に主の愛が注がれて、人々が真の神に立ち返ることが出来るように。そのために私たちが聖霊に満たされて、今も生きているイエス・キリストを大胆に証しすることが出来るように。

 相変わらず繰り返される日本での事件、通り魔が後を絶たない、学校の教室で先生を刺し、子供が親を殺す、子供への虐待も増える一方だ。イエスは「出て行って福音を宣べ伝えよ」語られた。目を外に向けよう。あながたの光を机の下に隠してはならない。

関牧師

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