2011年9月29日

10月2日2011年の週報に掲載

皆さんに一つのドラマをご紹介します。  日本のフジテレビで放送された、終戦特別記念番組『最後の絆』です。 http://www.fujitv.co.jp/kizuna/index.html
この物語は、第二次世界大戦中の沖縄戦において、兄は帰米二世としてアメリカ軍、弟は日本軍、戦争に引き裂かれた兄弟と家族の実話をドラマ化したものです。
この兄の東江盛勇さんは、サンノゼにあるサンタクララ日系人教会のフランク東さんのことです。
 私は、1984年にサンタクララ教会で洗礼を受けましたが、私を救いに導いてくれた人は、石井さん夫妻と、このフランク東さん夫妻なのです。私がいた時にも、テレビの取材を受けたり、人づてに話しは聞いていましたが、フランクさんは、米軍の通訳となって、家族と同胞を救うために沖縄に行き、洞穴などに篭っている人々に、出てくるように呼びかけたのです。
 フランクさんは、大変な心の重荷を持ちながらも、戦後イエス・キリストを受け入れ、今も92歳でお元気に、教会で奉仕をされています。改めてフランクさんの歩まれてきた道を知り、感動と共に、多くのことを考えさせられました。是非、ビデオ、インターネットを通してご覧ください。
フランクさんから感じていた、あの暖かさは、困難と苦しみを神の愛によって乗り越えた者にしかない、暖かさだと分かりました。


関牧師

2011年9月23日

9月25日2011年の週報に掲載

スリムな体系をキープし、リバウンド防止のために、庭仕事に精を出しています。そして、とうとう、牧師館の庭の一角に畑を開墾しています。芝生をはがして、土を掘り起こして、これがなかなかの重労働でいい汗を流しています。今から、どんな種を植えようかと考えると、とても楽しみです。


収穫の時は、喜びです。それが楽しみです。しかし、収穫に至るまでのプロセスには、それなりの苦労があります。体重に関しては「NO PAIN.NO GAIN」ですが、収穫に関しても「NO PAIN.NO HARVEST」です。

伝道=福音を宣べ伝えること。私たちが伝道する時、その報いは「喜び」です。一人の人がイエス・キリストを信じて救われるとき、天において大きな喜びあり、その喜びを自分も共に喜び、そして救われた者が喜ぶ、その喜びがまた自分の喜びとなる。伝道の祝福は喜びです。


しかし、この魂の収穫とも呼ばれる、この伝道も、収穫の喜びに至るまでには、それなりの苦労があります。

「涙と共に種を蒔く者は、喜び叫びながら刈り取るであろう」詩篇1265とあります。普通、涙と共に種を蒔くことはありません。それは収穫を期待しているからです。しかし、この詩篇は、何度蒔いても、何度も蒔いても収穫が得られない、そんな苦しみを表現しています。それでも、種を蒔かなければ収穫はありません。だから蒔き続けるのです。そして、イエス様は言われました。「目を上げて畑を見なさい、もう色ずいて、収穫を待っている」と 今は収穫の時です。
関牧師



2011年9月15日

9月18日2011年の週報に掲載

先週の礼拝では、江口瑞穂さんが証しを語ってくださいました。これまでの人生をしっかりと見つめながら、イエス・キリストによる救いの力を大胆に証しました。聞き逃した方は、是非ともウェブから、あるいはCDを注文して聴いていただきたいと思います。


一昔前に「世界の中心で愛を叫ぶ」という小説が流行りましたが、私の心境は「世界の中心で、神の愛を叫びたい」です。
「死にたい、死にたい、自分の存在には価値が無い、空気のようだ。誰にも心を開けない、良い子を演じ、苦しみ、悲しみも小さな心に一杯ためこんで、鍵をかけて部屋の中に閉じこもって、泣いていた。」 イエス様は、そんな彼女に、やさしく戸をたたき、「わたしの目に、あなたは高価で尊い、わたしはあなたを愛している」と語りかけてくださいました。


しかしさらにイエス様の愛に感動するのは、決して心の扉を蹴破って入ることなく、騒ぎ立てず、静かに、しかし常に扉の前に立ち続けてくださっていることです。


そして、ついに瑞穂さんは、自らの意志で扉を開けて、イエス様の愛に飛び込んでいったのです。
「今、私は本当に幸せです。今度は、私と同じように苦しんでいる人に、この神の愛を伝えていきたい」と言うのです。


全てが新しくなりました。主イエス・キリストを信じて救われる、このことの、あまりの凄さに、ただ主を賛美します。
関牧師

2011年9月9日

9月11日2011年の週報に掲載

9.11 この日は、3.11と共に、忘れることの出来ない日です。2001年9月11日、米国を襲った同時多発テロは、その後、アフガニスタン、イラクと戦火が拡がり、それは今も継続中です。

このテロに関しては、今も色んなことが言われます。ネットを通して、様々な情報が入り乱れています。アメリカのやらせ説などなど、一般の報道には出てこない裏の真相というものがあるでしょう。どれが真実なのか見極めることはとても大切ですし、情報に振り回されない冷静さも必要です。

しかし、誰もが認める確かな真実があります。それは、何の関係もない一般市民が死んだという事実です。この事実こそ、私たちが最も関心を持ち、忘れてはならないことです。   

平和を願いながらも、平和のための戦争を繰り返す、人類の愚かさを痛感します。その人類には、もちろん私も含まれているのです。その愚かさを抱えながら、毎主日の講壇に立ち、神の御言葉を取りついでいるのです。

私たちは、9.11のこの日、何を考えるのでしょうか? この大きな出来事を通して、小さな自分の心に何が映るのでしょうか? 神を第一として、愛し合い、赦し合い、仕え合うことが出来たら…、それは単なる理想でしょうか? 私たちは、自らの愚かさを直視しながら、しかし、だからこそ神の言葉に立ち、「平和を造りだす者」としての使命をひたすら果たす者でありたいと思います。
関牧師


2011年9月1日

9月4日2011年の週報に掲載

牧師館のバナナが見事に実りました。それに励まれて、最近、牧師館で野菜つくりに精を出し始めています。モロヘイヤの種を頂いたり、ナスの苗をいただいたのを丹精こめています。


ついでにオクラの種を植えたら、元気に芽が出てました。しかし、一番右端の芽だけが元気がありません。間引こうと思い、抜くために手が伸びたのですが、なぜか思いとどまりました。


その弱々しい芽がなんとも愛しくなってしまい、抜いてしまうことが出来ませんでした。それから、手を置いて何度も祈りました。「元気でやってるか! いい実を結んでくれよ!」と声をかけました。すると、心なしか、その弱々しい芽も喜んでいるようです。


今では、だいぶ大きく、しっかりと根付いてきました。もう大丈夫と思います。私も意外とメルヘンチックな所があるのかなと…。このオクラ君が、やがて特別に美味しい実を結んでくれると期待しています。


イエス様は、「折れた葦を抜くことなく、くすぶる灯心を消すことはない。」と言われました。もう役に立たないと思われても、大丈夫、必ずもう一度立ち上がり、立派な実を結ぶようになるからと、イエス様は、あきあらめずに、期待し続けてくださいます。嬉しいですね。


話は全く変わりますが、明日5日はレイバーデイ・ピクニックです。英語部の方々との親睦、また友達をお誘いするチャンスです。どうそご参加ください。マノアパーク海側 9AMです。 
関牧師