ビザが降りるのが遅れたのは、コロナの影響で移民局の働きが停滞したのが一番の原因です。 しかし、その中にも、主の計り知れない計画があることを私たちは知っています。 このことの意味は、もしかしたら数年先、数十年先に分かるのかもしれません。 しかし、きっと、「ああ、そういうことだったんだ」と驚き、主をあがめることでしょう。
また高木先生の将来について、すでにお知らせがされていますが、今後の高木先生、千恵夫人の歩みのために、またホノルル教会における働き人の必要のために、お祈りをお願いいたします。
ビザが降りるのが遅れたのは、コロナの影響で移民局の働きが停滞したのが一番の原因です。 しかし、その中にも、主の計り知れない計画があることを私たちは知っています。 このことの意味は、もしかしたら数年先、数十年先に分かるのかもしれません。 しかし、きっと、「ああ、そういうことだったんだ」と驚き、主をあがめることでしょう。
また高木先生の将来について、すでにお知らせがされていますが、今後の高木先生、千恵夫人の歩みのために、またホノルル教会における働き人の必要のために、お祈りをお願いいたします。
そのテーマを全体として学ぶこともいいですし、今回のように御言葉を一語一語じっくり学ぶのもいいですね。
ホノルル教会版の日々のデヴォーションページが開かれています。 一日一章、数名の方が担当してくれています。 ホームページの会員ページから、どなたでも御覧いただけます。
紙で読みたい方のためには、教会図書にファイルがありますので、どうぞご利用ください。 また字のサイズをとても大きくしたコピーも用意してありますので、視力の弱い方も見やすくなっています。
私も、これを読んでいると、本当に恵まれます。他の人の視点や感じ方を通して、御言葉の世界が広く豊かになります。 自分一人だけでは、本当に一部しか分からないのだと思わされます。
また書く側としては、書くことで自分の考えを整理することが出来ますし、表現することで、もっと自分のものになります。 書き手も募集していますので、チャレンジしてみてください。
例えば、愚息とか、愚妻と言ったりします。身内を褒められると、逆に、そんな褒められるような者ではないことを話し始めます。 「お宅の息子さん、**が出来て素晴らしいですね」と褒められたら、「いえいえ、家の中では、全然そんなことなくて、あれも出来なくて困ってますよ。」などと言い始めますが、顔は満面の笑みです。
身内を褒められると、反射的に首を振って、そんなことありませんと否定したくなります。
日本では、家族と自分は一心同体という考え方があります。 結婚も両家の結婚と言うくらいです。 ですから、子供や夫、妻を褒めることは、自分を褒めることと同じなのです。 なので、自分を褒めることを恥ずかしいと感じさせる文化の中では、身内を褒めることを恥ずかしいと思うのです。
対して米国は、個々の人格が別ものとして尊重されますから、子供が褒められても、自分が褒められているとは、あまり思わないので、身内でも思いっきり褒めるのです。 ここは、ハワイですから、身内でも褒めさせていただきました。
私たちは、主に願い事をします。 しかし、私たちの信仰とは、願い事が叶うことを信じることではありません。 願い事を訴えている相手、天の父なる神を信じることです。
ですから、願い事をしながら、願い事が叶わない場合を想定して準備することは、決して不信仰な事ではありません。
今回は、この文を書いている時点では、高木先生のビザがどうなったか分かってません。 5日にビザが降りるかもしれません。 降りないかもしれません。 降りたら奇跡、でも降りなかったら? いえ、降りなくても奇跡なのです。
通常では2月に降りているビザが降りないというのも、普通のことではありません。
私は、心のから高木先生と千恵夫人がハワイに居てくれることを願っています。 「しかし、私の願いではなく、天の父の御心がなりますように」と祈ります。
私には、神の計り知れない計画の全貌は分かるはずもありません。 まさに神の摂理なのです。 ここまで最善に導いてくださった主は、これからも最善をしてくださると信じることは、難しいことではりません。 神の摂理です。