2014年2月20日

2月23日2014年の週報に掲載

 先週は「誠実の実」について語りました。誠実とは、真実、忠実、信仰とも訳される言葉です。私たちは、神が約束に対して真実である方なので、信じることが出来るのです。私たちの信仰とは、神の真実に支えられているのです。

 なぜ三日坊主の私が、特別に意志の力の強い者でもない私が、信仰生活が30年守られているのか? それは、私の信仰でも、私の意志でも努力でもなく、ただ神が真実だから、ということだけです。

 神が主イエスを通して、語られたすべての約束が真実だからです。私が初めて聞いた神の御声「みよ、わたしは世の終わりまでいつもあなたがたと共にいる」(マタイ28:20)の約束は、たとえ私が不真実であっても、神の真実は変わりませんでした。だから、私はここまで来れました。

 私たちの信仰は、神の真実のゆえに保たれているのです。そして哀歌の御言葉にあったように、その真実は力強く、朝ごとに新しいのです。永遠に変わることがないということです。

 この神の真実に支えられて、これからも神の約束を信じ切るものでありましょう。

関牧師

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