2017年12月7日

12月10日2017年の週報に掲載

 愛する妻れいのために、皆さんのお祈りと励ましを心から感謝いたします。この文章を書いている現在(水曜日の夜)、まだ最終結果は出ていません。様々な可能性を考えて、ありとあらゆる検査をしています。先週の水曜日から一週間がたちました。

 左大腿骨上部にある4センチの腫瘍が原因の激痛は、薬でコントロール出来ていますが、骨が弱くなっているので折れるおそれがあり、ベッドの上から動けません。

 ドクターからは、様々な可能性を告げられるので、最悪のケースの場合のことを告げられます。ショックではないはずはありませが、れいは、圧倒的な平安に満たされています。

 感謝と賛美、主への信頼で一杯です。み言葉に立つことが、こんなにも平安をもたらすのかと、改めて信仰のもたらす恵みに感動しています。
 God is good all the time. 主は良いお方。この言葉が私の心に響き続けています。

 これまで多くの、同じような状況にある方に寄り添ってきましたが、自分たちがその立場になったとき、多くのことを学んでいます。祈られているという恵みが、どれほどの励ましとなるのか、本当に実感しています。 れいだけではなく、病、痛み、苦難の中にある方々が大勢います。私たちは、これからも他者のために祈り、また励ましを与える存在でありたいと心から願います。ホノルル教会は愛に満ちています。心から主の御名を賛美します。  

関真士牧師

2017年12月3日

12月3日2017年の週報に掲載

 12月7日は、ハワイ真珠湾攻撃の日です。ハワイに住む私たちにとって意味深い日です。毎年、淵田美津雄海軍大佐とマーガレット・コルベ、ジェイコブ・ディシーザーという3者の話を紹介しています。ドラマよりもドラマチックな、実際にあった話です。淵田とディシーザーの物語は、2016年9月 日本のNHKが、「二人の贖罪 日本とアメリカ 憎しみを越えて」というタイトルで放送しています。

 来年は、ハワイ日系移民150周年です。私たちは、この出来事も、語り継いでいかなければなりません。

 そして、もちろん12月は、主の御降誕をお祝いする時です。この時期、多くの人はメリークリスマスとは言わなくなり、ハッピーホリデーと言うようになりました。
 確かに信教の自由は保障されるべきです。みんながクライスト、マス(キリストを礼拝しますという意味)と言わなくてもよいのです。それによって、メリークリスマスの意味が、実質を伴ったものになりますから、良いことだと思います。

 私たちは、今のこの時、心からメリークリスマス! と声高らかに主を賛美したいと思います。

 今年の12月24日は、日曜日です。キャンドルライトサービスは、24日の6:30PMから持たれます。どうぞ、お友達をお誘いの上、お集りください。一緒に聖なる一時を過ごしましょう。

関真士牧師

2017年11月24日

11月26日2017年の週報に掲載

 ホノルル教会に遣わされて、あっという間に3週間が過ぎました。昨年の夏に初めてハワイに訪れた私が、このように皆さまに温かく迎えて頂き、今この地にいる、ということは実に不思議で、ただただ主の御名をほめたえずにはいられません。まだ、3週間と少ししか過ぎていないのですが、驚くほどに濃厚な日々で、私自身、この教会を通して、たくさんの意味ある体験を、させていただいております。

 キリストのからだなる教会である私たちひとりひとりです。主イエス様に、ともにつながっている神の家族の尊さを、私は、ホノルル・キリスト教会に遣わされてきてから、特に教えられています。

「もし一つの部分が苦しめば、すべての部分がともに苦しみ、もし一つの部分が尊ばれれば、すべての部分がともに喜ぶのです。」(コリント人への手紙第1 12章26節)

 決して誰ひとり欠けてはならないキリストのからだ。かけがえのないひとりひとりの存在と賜物によって、建て上げられていくキリストのからだ。私たちが、キリストの教会が、きょうもこのマノアの地に建てられているという事実には、大きな意味と使命があります。主がこの教会を通して、いや、私たちひとりひとりを用いて、新しいことをされます!期待しましょう!

 私たちはひとつ〜愛の絆により〜♪

高木牧人牧師

11月19日2017年の週報に掲載

 本日は感謝祭の礼拝です。礼拝後の感謝パーティーにおいて、教会から感謝を表したいことを考える中で、ホノルル教会に30年以上在籍されている方へ感謝を表すというアイデアが与えられました。

 ホノルル教会を30年以上に亘って支えてきてくださった方に、心からの感謝を表したいと思います。晴れの日も雨の日も、時には嵐の吹く時もあったと思います。しかし、その一人一人がここで礼拝を守り続け、宣教、奉仕、捧げもの、献身があったからこそ、今のホノルル教会日本語部があり続けているのです。

 私たちは、これらの信仰の先輩方へ心からの感謝と敬意の思いを表したいと思います。

 ホノルル教会は、現在神が始められている「新しい事」のただ中にあります。ただ「新しい事」が起こっているからと言って、過去への感謝を忘れていいわけはありません。新しい事が起こるために、これまでの教会の歴史があったのです。

 教会はキリストの体です。私たちは、信仰の共同体なのです。過去とつながり、今を生き、未来への希望を抱く、そのような共同体です。

 心からの感謝は、恵みから生じます。恵み、すなわち神が与えてくださったものです。もし、私たちの人生から恵みを取り除けたら、自分は一体どうなるか? 想像しみてください。恵みが分かるとき、そこに感謝が生まれます。この一週間、特に神の恵みを一つでも多く発見しましょう。そのたびに神への感謝を捧げましょう。

関真士牧師

11月12日2017年の週報に掲載

 早いもので、来週は感謝祭礼拝、そしてクリスマスと続きます。

 子供の頃は、時が経つのがとても遅く感じました。しかし、年齢を重ねる中で、段々と時の流れが早く感じるようになっているのは私だけでしょうか?地球の自転が早くなっているのかと思うほどです。もうクリスマス!?と、驚きです。

 人間は、見たこと、経験したことを繰り返すと、時の流れが早く感じられるそうです。そういえば、知らない道を車で運転していくと、行きはとても長く感じたのですが、帰りの道はそれほど長く感じないことがあります。それは、帰りの道は、すでに行きに見た光景だからです。

 同じことを繰り返していると時が経つのが早く感じられますが、初めての経験をする時は時の経つのが長く感じられるのです。1984年に初めてアメリカに来た時には、見るものすべてが新しい事だらけでした。当時、1ケ月間が1年間に感じたことを鮮明に覚えています。

 私自身、時の流れが早く感じているということは、新しい事を経験しなくなっているということです。確かに毎年同じ感謝祭、クリスマスの行事です。しかし、その中にある「新しい主の恵み」を自分は気づいていないのか?と自問自答しています。

 毎年繰り返される行事であっても、そこに主が行ってくださっている新しい事に気づいていきましょう。かつての1ケ月間が1年間に感じた、あの感動を再び経験したいものです。

関真士牧師

2017年11月2日

11月5日2017年の週報に掲載

 今日は、高木牧人先生をお迎えしての最初の礼拝です。この事が実現するために祈り、捧げ、コテージを準備し、その他様々なご奉仕をあったことを感謝いたします。

 それもこれも私たちの思いを一つ、それはこの地でイエスの福音を一人でも多くの人に伝え、イエスの愛の影響力をこの地上に拡げることです。
 このパッションのために、牧人先生は来られ、また私たちはお迎えしたのです。

 もはや私たちは一つのキリストの体です。共に主を見上げていきましょう。

 私がホノルル教会に赴任して本当に幸せなことは、皆さんが私の賜物を活かしてくれることです。私が思う存分に賜物を発揮することを皆さんが喜んでくださるし、そのために環境を整えて、出来る限り賜物に合った働きに集中できるように、それ以外は私たちがしますからと言ってくださるのです。私自身も賜物を活かしている時が最高の喜びですから、喜びの相乗効果です。

   牧人先生も与えられている賜物が十分に発揮されていきますように、これから教会の主が牧人先生をどのように用いてくださるのか楽しみです。

 ★十何年ぶりくらいの大風邪を引いてしまいましたが、皆さまのお祈りに支えられて元気になりました。お祈りを感謝いたします。

関真士牧師

2017年10月26日

10月29日2017年の週報に掲載

 来週の礼拝には、高木牧人先生が来られていると思うと、嬉しくて心が一杯になります。ホノルルの地に足を着けるその時まで、主の守りがありますように。

 神と人との関係の諸相を聖書からシリーズで語ってきました。メッセージを最初に聴く者は、メッセンジャ―自身だと言われますが、その通りにまず自分自身が教えられ、恵まれています。

 教会に集う一人一人が、神との関係をより豊かに、深く、強く持つことができますようにと願います。
 最近、人間にとっての身分、立場ということを考えます。立場が人を作るとも言われます。例えば、制服を着た時、仕事着を着た時、ネクタイを締めた時、バッジを付けた時、それらによって今置かれている立場や身分を意識するとき、動作や言葉使いが変わって来ることがあります。

 私たちは、十字架を見上げるとき、自分が神の御前で何者かを知ることができます。自分の身分と立場を知ります。一人の人間としての罪深さや弱さを知ります。同時に、その自分に注がれている神の愛を知ります。

 そして、自分は、愛されている神の子供であること。この神は、天地を造られた唯一の聖なる神であり、私たちは、その神の子供だということです。 であるならば、私たちは、自分の身分、立場にふさわしく生きたいものです。最高に価値ある存在ですから、最高に価値のあることを行いたいものです。あなたは素晴らしい存在なのだから、素晴らしいことをしましょう。

関真士牧師