2017年5月26日

5月28日2017年の週報に掲載

 中野雄一郎先生は、1981年から1996年の15年間に亘り、ホノルル教会の牧師として奉仕されました。その後、マウントオリーブ・ミニストリーを立ち上げ、日本の津々浦々に至るまで、伝道者として駆け巡っています。その伝道は、日本国内に留まらず、米本土はもちろん、ヨーロッパ、北欧、カナダ、中国、韓国、南米、東南アジア…世界中で福音を宣べ伝えています。

 しかし先生は、牧師として初めての赴任地は、埼玉県の坂戸市でした。閉鎖寸前の教会を、ただ主の御言葉に従って踏みとどまり、再建へと導かれました。そしてその坂戸教会は、今では日本有数の大きな教会となり、幼稚園やケアホームまで持つようになりました。初期の頃には、礼拝に人がいなく、座布団に向かって説教したという逸話があります。今でも中野先生は、たった一人の方のために、遠くまで電車を乗り継いで足を運んでおられます。

 ホノルル教会においても、先生の働きによって結ばれた実が今でも教会を支えておられます。その苦楽を共にしてきた明子先生が、弱さを覚えています。主の恵みと憐れみのゆえに、先生ご夫妻の労苦に主が報いてくださいますようにとお祈りします。

関 真士師

2017年5月19日

5月21日2017年の週報に掲載

 先週のメッセージで語った「神は、自分に対してどんな夢とビジョンを持っているのか?」 この事を、自分も考えています。

 私の名前の「真士」は、詩編45編から「真理の勇士」という意味で命名されました。当然クリスチャンである母は、祈ってこの名前を決めました。ということは、この名前には、神の夢が託されているということです。それを母がキャッチしたのです。

 たまに親が自分の果たせなかった夢を子供に託し「おまえのためだ」という決めゼリフによって、子供の人生を支配し、悲惨な結果を招くことがあります。これは、自分の夢のために他者を支配するという、愛とは程遠いエゴです。

 母は、神の夢を見たのです。そして、それを自分の夢にしたのです。ですから、この夢は成就しました。途中、名前の意味とは正反対の人生を歩みましたが、神は、ご自身の夢を諦めず、忍耐をもって私を導き、確かに私を真理の勇士にしてくれました。

 神の夢は、正夢になります。神のビジョンは必ず成ります。さらに、神の夢と幻を見せていただきましょう。

関真士 牧師

2017年5月11日

5月14日2017年の週報に掲載

 ホノルル教会日語部では、毎年、年度代わりに、新しい一年間の主の御心を求めて「年度聖句」というものを掲げています。

 主が、私たちの教会をどのように導こうとされているのか、主の御心を求め、示された御言葉を掲げるのです。この御言葉は、私たちが、こうしたいという願いではなく、主の願いです。

 最近では、互いに愛し合いましょう、私たちは神の家族などの御言葉に導かれてきました。

 今年は、牧会コミティの方々から広く募り、すでに7名の方から御言葉が送られてきています。皆さん違う御言葉ですが、不思議と一つの流れがあるものです。最終的には、私がまとめますが、これはとても楽しみな作業でもあります。パズルのピースが組み合わされて一枚の絵が出来るように、御言葉が組み合わされて主の御心が浮かび上がってきます。

傾向としては、ホノルル教会が新しいステージに入っていくような感じがしています。どうぞ、主の御心が正しくキャッチできるように、お祈りください。

関真士 牧師

2017年5月5日

5月7日2017年の週報に掲載

最近のギャラップ調査によると、日本でキリスト教徒が激増中、人口の6%、10代に限っては7%という数字が出ています。

 実際に教会側の調査によれば、クリスチャン人口は激減しています。若者が大勢集まっている教会もありますが、全国平均に影響を与えるほどの数ではありません。
 実際のところは、どうなのか? もし本当だったら、こんな嬉しいことはないのですが、どうしても「そんなはずはない」と思ってしまいます。別に悲観的なわけではなく、現実を見ているだけです。

 ただ人数が増えれば良いというわけではありませんが、本当に、イエスを主と信じる者たちが一人でも多く増えることは、神の御心です。一人も滅びることを願わず、罪人が悔い改めて生きるのを喜ぶ神です。

 ギャラップの数字が、本当かどうかに関わらず、自分たちのするべきことは変わりません。一人でも多くの人々に、このキリストの福音を伝えていきましょう。そのために、聖霊の力を受けて、私たちの生き様を通して、福音を証詞していきましょう。 

関真士 牧師

2017年4月28日

4月30日2017年の週報に掲載

 私たちは、イエスの十字架の救いを信じて、主が今も生きておられることを知ります。そして、人生の向きが変わります。同じ道なのですが、向く方向が違うと、こんなにも風景が違うのかと驚きます。

 あのマリヤが走り出したように、弟子たちは直ぐに立ち上ったように、心に感動が与えられると、私たちは動きだすのです。
 そして、このキリストの愛と赦し、癒し、希望を人々に伝え始めます。それは、とても自然なことです。嬉しいこと、感動したことは、誰かに伝えたくなるものです。

 しかし、ここで一つの壁にぶつかります。伝えるのは、とても自然なことなのですが、だからと言って、簡単ではないということです。

 相手の受け取り方は様々です。そして何よりも、語っている内容と自分の生き方のギャップです。愛を伝えているなら、その愛に自分が生きているはずです。赦しを伝えるなら、その赦しに自分も生きているはずです。キリストを伝えるなら、そのキリストを自分が生きているはずです。
 この壁を乗り越える道は、ただ一つ、聖霊に満たされることです。聖霊の力を求めていきましょう。

関真士 牧師

2017年4月21日

4月23日2017年の週報に掲載

 先日のこと、中学時代の悪仲間が教会を訪ねてくれました。なんと37年ぶりの再会です。彼の息子は日本を代表するプロサーファーで、彼自身もサーファー一家、ハワイにはよく来ているそうです。ひょんなことから私がハワイに住んでいることを知って訪ねてくれました。

 当時の仲間の近況を聞いて、昔話に花が咲きました。彼はいわゆる「頭」(番長)で、一番悪かった奴ですが、一本筋の通ったワルでした。今は6人の子供が与えられ、職人として仕事をして、サーフィンライフを楽しんでいます。
 いきなり中学生時代の光景が走馬灯のように思い浮かび、しばし感慨に浸りました。と同時に、これから自分がどう生きていくのか? と考えました。あの虚しさから救われ、ここまで神様に恵まれ生かされて来た自分を、今一度主に捧げました。

 この地上で、あと何回、何人に福音を語ることが出来るのだろうか? それも主の御手の中ですが、一回でも、一人でも多く、十字架の福音を語りたいと思わされています。

 今日の午後4時からオリベット教会でゴスペルコンサートです。また28日(金)29日(土)日本人宣教大会です。私は土曜日の9AMの集会でご奉仕します。是非参加してください。

関真士牧師

2017年4月14日

4月16日2017年の週報に掲載

主イエスの復活を喜びます!

 主は、死を打ち破り復活されました。仮死状態からの蘇生でもなく、臨死体験でもありません。主イエスは完全に死なれ、そして確かに復活されたのです。

 この復活が真実であるかどうかを一番知っているのは、それを書き記し、宣べ伝えた弟子たちです。

 イエスが捨てて逃げてしまった弟子たちが、偽りのために命をかけるなど有り得ないことです。彼らの宣教の原動力は、確かに主は復活されたという驚き、感動、喜びです。

 私たちの信仰は「空虚な墓」の上に立っています。イエスが十字架で死なれたという事実のゆえに「墓」があります。しかし、復活されたという事実のゆえに「墓は空」です。

 私たち自身の墓も「空っぽ」です。この地上の存在したことの記念として、また地上に残された者たちへの慰めと希望のために「墓」があります。しかし私たちは、その中にはいません。

 私たちも、主の日に、必ず復活します。そして、愛する主に出会い、愛する者たちに再会するのです。この希望は、主の復活という事実に支えられた信仰です。

 主の日を待ち望みつつ、前に向かって歩んでいきましょう。

関真士 牧師