2018年5月18日

5月20日2018年の週報に掲載

 吉田文人&直実 牧師夫妻をお招きできたことを心から感謝いたします。

 文人先生は、2007年12月に当教会で受洗し、その後東京聖書学院で学び、現在は熊本植木キリスト教会で牧会をしています。熊本地震の時には、震源地の隣町にある教会が被災し、大変な中を通られました。しかし、その時に福島で牧会をしていた直実先生が震災ボランティアに来られ、そこで二人は出会ったのでした。

 さらに、植木教会と合併したことで、植木教会の教会堂を使用することになり、以前よりもかなり広い建物になりました。

 震災は、間違いなく辛いことでしたが、その中にも神さまの不思議な導きがあり、二人は一つになり、二つの教会も一つになりました。

 文人先生がハワイにいた時、「自分は何がしたいのか分からない」言っていました。そんな彼が、イエスを信じ、洗礼を受け、神と共に歩む人生をスタートし、神に天職が与えられ、今や牧師として活躍しているのを見る時に、主の計り知れないご計画に、ただただ感無量です。

 神と共に歩む人生はドラマチックです。神は確かな計画をもって私たち一人ひとりをこれからも導いてくださるのです。

関真士牧師

2018年5月11日

5月13日2018年の週報に掲載

 5月2日~5日にかけて、富士山の麓にて開催されたGlobal Returnees Conference(帰国者クリスチャンの修養会)に出席してきました。新しいつながり、新しい視座を頂いた祝福いっぱいのカンファレンスでした。

“帰国者は日本で教会に定着するのが難しい。”
 これまでもずっと言われ続けているこの課題に、最後の集会ではメッセンジャーの先生を通して、主はこのように語られました。

「私たちの国籍は天にあります。」ピリピ3:20

 新しい環境に一生懸命、順応しようと頑張らなくていい。そのままでいい。なぜなら、私たちの真実のホームは、アメリカでもなければ日本でもない。天の御国なのだから。

 天の喜びに溢れて語られる先生の姿に、私自身大きな励ましを頂きました。

 ハワイの地に建てられているホノルル・キリスト教会。私たちもそれぞれ様々な背景があって、きょうこの所にいます。
 「私」を取り巻く環境は移り変わります。しかし、「私たち」のホームは永遠に変わらない。その事実を深く噛み締めて、新しい1週間も天の喜びの中を歩んでいきたいと思います。

高木牧人牧師

2018年5月4日

5月6日2018年の週報に掲載

 高木牧人牧師と金子千恵さんの婚約を心から祝福します!

 ここに至った経緯は、いずれ本人から聞くとするとして、私たちは、神が今ホノルル教会に送ってくださっている波に乗っていきたいと思います。
 この婚約は、両人にとっては、当然人生における一大転機です。同時に、ホノルル教会にとっても、主が送ってくださった牧師に伴侶が与えられるということは大きな転機となります。

 牧師不足が叫ばれる中で、二人の牧師が与えられていることは、本当に主からの恵みです。これから二人が牧会に加わることで、さらに広く、深い、牧会が出来ることでしょう。

 ホノルル教会は、神の祝福をたくさんいただいています。祝福とは、いただいて終わりではなく、祝福を受けた者は、祝福の存在となり、祝福を与える者になります。
 ホノルル教会は、祝福の源となります。今年度の聖句の通りに、荒野のオアシスのようになります。

 これから主は、どんなに素晴らしいことを起こしてくださるのでしょうか。新しい牧師夫妻が与えられるという祝福は、教会のこれからの歩みにとって、どんな意味があるのでしょうか。主が始めておられることが、成し遂げられますように。

関真士牧師

2018年4月27日

4月29日2018年の週報に掲載

教会(Church)とは何でしょう?

この建物のことでしょうか?

日曜日のこの礼拝のことでしょうか?

 もともと新約聖書が書かれたギリシャ語では、教会とは「召し集められた者たち」という意味があります。

 教会とは、この建物でも、この礼拝でもなく、「私たち」のことなのです。今日も主の御名によって、この一つ所に召し集められた私たち、私たちが教会です。

 最近、思わされること…それは、教会は「キリストのからだ」であって、確かに“生きている”ということです。人の集まりですから様々な変化があります。なぜなら、キリストをかしらとして“生きている”からです。

 私たちが教会であり、キリストのからだです。ですから、私たちは、誰ひとりも欠けてはならないのです。私たちはキリストにあってひとつ、キリストに結ばれた神の家族です。

「教会はキリストのからだであり、すべてのものをすべてのもので満たす方が満ちておられるところです。」エペソ1:23

きょうも、教会(キリストのからだ)は、“生きています!”
ハレルヤ!!

高木牧人牧師

2018年4月24日

4月22日2018年の週報に掲載

 人生は山あり、谷あり。困難、苦難は、容赦なく襲ってきます。しかし、その戦いのただなかで、「宴会が設けられる」のです。

 「人生は茨の道、されど宴会」とは、順天堂大学病院腫瘍病理学教授の樋野興夫先生のことばです。先生は「ガン哲学外来」を開設し、ガン細胞に哲学的な意味を見出そうと試みています。この働きは日本全国に拡がり、ガン哲学カフェのようなものが80か所以上活動しています。

 ガンに限りません。私たちが直面する様々な問題に対して、その問題が全てではない、最終結果ではない、その問題の向こうに何があるかを考える、それこそ「信仰」の世界です。

 そして、困難、苦難、戦いのただなかで、宴会を開くのです。ガンになったから、落ち来なければならないという決まりはありません。苦難があるから、苦しく生きるという決まりはありません。その中でも、喜び歌うことが出来るのです。

 喜び歌うような場合ではない時こそ、喜び歌い、宴会を開くのです。

 その喜びの根拠は、神が自分の存在そのものを喜んでいてくださるという事実にあるのです。

関真士牧師

2018年4月13日

4月15日2018年の週報に掲載

 「宴」シリーズの今日が2回目です。毎週の礼拝は、まさに「宴会」セレブレーションです。

 私たちは、喪に服しているのではありません。主は蘇られました。主は今も生きておられます。
 復活の主に出会った弟子たちが狂喜乱舞したように、私たちも喜ぶのです。
 そして、この礼拝という宴会の主催者は神ご自身であり、私たちは、招かれた者たちなのです。

 「よろこび」という漢字は、いくつあるでしょうか。
 喜び、歓び、悦び、慶び...

 歓びはにぎやかさを、悦びは満足を、慶びはお祝い事を、表しているそうです。それぞれニュアンスが違いますが、喜びは、その総称のような感じでしょうか。

 復活の主を礼拝する喜びは、どの漢字を使っても十分に表現しきれるものではありません。それくらいに、この世のすべて「喜び」に、まさる「よろこび」です。
 今日も、主と共に喜びの宴に参加しましょう。

関真士牧師

2018年4月6日

4月8日2018年の週報に掲載

 先週は喜びの復活祭礼拝でした。主イエス・キリストの復活の勝利は、私たちに与えられている希望です。主の十字架と復活は、永久に死という敵を滅ぼしたのです。私たちには、永遠という希望が与えられています。主とともに生きる「きょう」というこの日、私たちは、すでに永遠の中に入れられているのです。

賛美「この日は 主イエスが造られた」

この日は 主イエスが造られた この日を 喜ぼう!主と共に
この日は 主のものだから 共にこの日を喜ぼう
この日は 主イエスが造られた

 皆さんは教会が好きですか?

 愛する神の家族と共に主を喜び、礼拝するこの日が好きですか?

 私は大好きです。
 愛する皆さんと共に主を礼拝して新しい1日、新しい1週間を始められるこの日が、いつも待ち遠しいです。

 勝利の十字架と復活から、この4月、関先生と話し、与えられたテーマは「宴」です!

 私たちは、勝利の旗を掲げて、きょうも主の御前を楽しみ喜び、共に永遠という希望の中を前進していきましょう!
 私たちは永遠に続く「神の家族」です!

高木牧人牧師