2010年12月18日

12月19日2010年の週報に掲載

メリークリスマス! 救い主イエス・キリストのご降誕を心より喜びます。イエスがこの地上に来られたことの意味を想い、アッシジの聖フランシスコが捧げた「平和の祈り」に心を合わせましょう。

ああ主よ、わたしをあなたの平和の道具にしてください。
憎しみのあるところに、愛をもたらすことができますように。
  争いのあるところに赦しを、
  分裂のあるところに一致を、
  疑いのあるところに信仰を、
  誤りのあるところに真理を、
  絶望のあるところに希望を、
  悲しみのあるところに喜びを、
闇のあるところに光をもたらすことができますように。

ああ主よ、わたしに、
  慰められるよりも、慰めることを、
  理解されるよりも、理解することを、
愛されるよりも、愛することを求めさせてください。

  わたしたちは与えるので受け、
  赦すので赦され、
自分自身を捨てることによって、永遠の命に生きるからです。
                        アーメン

関真士牧師



2010年12月10日

12月12日2010年の週報に掲載

久しぶりに喉がつぶれてしまいました。風邪気味で喉の調子が良くない中で、思いっきり話したものだから、夜の第三礼拝では、声が出なくなってしまいました。

でもこのしゃがれた声も、なんだか渋くていいなと思ったりします。私が小学校4,5年生くらいだと思うのですが、生まれて初めて買ったレコードが森進一でした。何とも渋い好みですが、「襟裳岬」という歌でした。それもあるのか、ハスキーな声もいいなと思います。

廻りで風邪がずいぶんと流行っているようです、手洗い、うがいを心がけて、元気に年末年始をむかえましょう。

今年もクリスマスと年末に向けてイベントがあります。日本にいた頃のある年は10を越えるクリスマスのプログラムを持ったことがありました。そうなると、もう自分が何をやっているんだか? もうクルシミ(苦しみ)マスになってしまいます。

ハワイでは、そこでまでではありませんが、普段よりも忙しくなります。プログラムをこなすのではなく、その一つ一つに、身体は忙しくても、心には静けさを持ちながら、心から主を礼拝しましょう。

マリヤが産気づいた時「宿屋には彼らのいる場所がなかった」と聖書には記されています。忙しすぎて、そんなことがないように。この時期、まず何よりも、イエスの居場所を自らの内にしっかりと確保して、奉仕に励みましょう。

関牧師



2010年12月3日

12月5日2010年の週報に掲載

さて師走に入りました。師走とは、僧侶も走るくらいに忙しいという意味ですが、別の解釈もあって、師とは昔の中国の「師団」つまり軍隊を意味しているということです。軍隊の兵士たちには農民たちが多くいました。彼らを故郷に帰さないと食料がなくなってしまいます。そこで、この時期に、兵士たちを一時的に自分たちの故郷に帰すことを、師走と表現したとのことです。

兵士たちは、一時の間、戦場にある戦いの日々から解放されて故郷に帰り、本来の仕事に戻ることが出来たのです。彼らにとってそれは、束の間の安息の時であったろうと思います。

この二つの師走の理解は正反対です。かたや最も忙しい時であり、一方では安息の時なのです。確かに私たちにとって、この12月は忙しい時です。しかし、その中にあっても、主の御前に静まり、この一年を振り返る、そんな時にもしたいものです。

プライベートな面でも、教会の活動においても、忙しくなる時期です。「忙」という字は、「心を亡ぼす」という意味です。忙しい中にも、心を生かす一時、それは神との交わり、つまり祈りの時を大切にしていきましょう。

そしてクリスマスの時期の、ひとつ一つのプログラムがただのイベントではなく、まさに聖霊の働かれる、神の業が起こる時となるように、期待し、祈りましょう。

関牧師



2010年11月26日

11月28日2010年の週報に掲載

今日のメッセージは、「キリストの再臨」がテーマです。世の終わり、最後の審判などと言うと、いわゆる「とんでも本」が沢山あって、間違ったイメージを持っている方も多いと思います。

しかし、聖書は明確にキリストが再臨されると語っています。(使徒の働き1章11節)そして再臨への備えとして、有名な10人の乙女やタラントの譬話があるのです。そして再臨とは、私たちにとっては、精算の時となります。マタイ25章32節からの譬話には、今日語った、「生ける者と死にたる者とを審く」ということが書かれています。

初代教会の人々の祈りは「主よ来たりませ(マラナタ)」(Ⅰコリント16章22節)でした。教会はその歴史の中で、常に「主よ来たりませ」と祈ってきました。再臨を待ち望むという生き方は、クリスチャンの生き方の重要な一つです。

私たちの属するホーリネス教団は、四重の福音と言って、新生、聖化、神癒、再臨の4つを強調してきました。もちろん福音は4つだけではありませんが、再臨を福音として理解をしてきたのです。つまり主を信じて、神の裁きから免れた私たちにとって、再臨とは福音なのです。

これまで「私は再臨のキリスト」だと名乗った者は数え切れません。もちろん全て偽者です。そして再臨の日は誰も知らないのです。私たちの生き方は、再臨を待ち望む生き方なのです。

関牧師



2010年11月22日

ホノルル・キリスト教会、リニューアル2010

昨日、ホノルル教会で行われた日英合同礼拝で流されたリニューアルの歩みです。


2010年11月11日

11月14日2010年の週報に掲載

11月15日、日本では七五三です。私も昔は千歳飴をもらったのを覚えています。七五三は、七歳、五歳、三歳の節目のお祝いです。地域によっては、女子が三歳と七歳、男子が五歳と分かれていることもあるようです。

時は、平安時代にまで遡りますが、当時は三歳までは丸坊主で髪の毛を剃っていたそうです。その方が黒々とした良い髪の毛が生えると考えられていました。その子供が三歳になって髪の毛を伸ばし始めることから、それを節目として三歳のお祝いがはじまったそうです。

もちろん神社でお祝いしますので、宗教的な要素もありますが、もともとは子供の成長を喜び願うところから始まったものです。特に子供の体力や病気への抵抗力を考えて、三歳まで無事に育ってくれれば、という切実な思いの中で、三歳を迎えることの出来た感謝の時でもあります。

教会でも、この日本の文化習慣を取り入れて、毎年11月に子供祝福式を持っています。歳は七五三に限りません。子供なら誰でもというわけです。日本からのニュースを聞くたびに、時代は決して子供が安心して成長していける状況ではありません。だからこそ、教会では、子供たちに祝福を祈りたいのです。あなたは愛されるために生まれ、愛するために生かされている。あなたの存在には最高の価値があり、存在そのものが喜びであることを。ご一緒に、心を込めて、子供たちの祝福を祈りましょう。

関牧師



2010年11月5日

11月7日2010年の週報に掲載

成田に到着して、そのまま新幹線で岡山へ。色とりどりの駅弁を楽しんで8:30PM頃に岡山駅に到着。そのままれいのお父さんに回転寿司をご馳走になりました。ハワイ時間の午前2時頃になります。そこから始まって、胃薬を片手に食べに食べて、おかげで会う人ごとに丸くなったと言われています。ハワイに戻ってさっそくジムに行って汗を流しましたが、元に戻るまでには時間がかかりそうです。

岡山ではれいのお母さんの納骨式を済ませることが出来ました。工藤弘雄先生の司式のもと、家族がれいの帰郷を待っていてくれました。福島では私の父の召天一周年の集まりをお墓の前で持ちました。それぞれの家族、兄弟、そして子供たちは従兄弟たちとの再会を楽しみました。

下の二人は、念願のコンビにでお気に入りのアイスやスナックを買って大満足です。上の二人は夢にまで見た原宿でショッピング。私がかつて原宿で踊っていたと言っても、あまり想像が出来ないようです。懐かしい友達に会ったり、以前牧会していた教会の方々と再会を楽しんだり、充実した日々を過ごしました。私の母も、万座温泉に一緒にいくことが出来ました。

そして、いよいよ宣教チームへ合流しましたが、まさか自分が温泉旅館でフラを踊るとは! 人生は分からないものです。

関師