2014年8月29日

8月31日2014年の週報に掲載

 しばらくの間、「愛することを学ぶ」というシリーズで語っていきます。イエス様こと、愛の教師であり、愛そのもののお方です。私たちはイエス様か「愛し方」を学びたいと思います。

 先週は、一人の重い皮膚病におかされた男とイエス様の出会いから学びました。

 当時、この種の病は、人々から汚れた者であるとされ1メートル80センチ以内に近づいてはいけませんでした。イエス様の廻りにいる群衆は、この男がその病であることを知った途端、さっと手を引っ込め、後ずさりして離れたはずです。この男の廻りから一瞬で誰もいなくなりました。

 しかしイエス様は、群衆の動きと全く正反対の動きをしているのです。お一人だけ違う動きをしています。

 イエス様は、手を伸ばしたのです。つまり男に近づいていったのです。そして触れたのです。これがイエス様の「心」です。「あなたと共にいる。あなたの汚れを私が引き受けた」ということです。ここに十字架の真理が現されているのです。

関真士牧師

2014年8月22日

8月24日2014年の週報に掲載

 今朝は、アラモアナビーチで朝日の中、洗礼式が持たれました。洗礼を受けられた4名の方々に、神の祝福が豊かにありますように。

 洗礼は、イエスを自らの救い主として信じ受け入れた人が、その信仰を表明する時です。洗礼を受けたから救われるのではなく、主を信じて救われた人が洗礼を受けるのです。

 洗礼は、入学式です。卒業ではありません。これから神の子供として成長が始まるのです。

 洗礼式には二つの意味が込められてます。水に沈んだ時は葬りを、水から出た時は復活を現します。古い自分は、キリストと共に葬り去られました。そしてキリスト共に新しく甦ったのです。

9月7日から第二礼拝後の11AM~12PMまで、「クリスチャンライフ・ベーシックが始まります。基礎的な学びのコースで約24回くらいです。参加希望者は、サインアップシート(掲示板)にサインしてください。

関真士牧師

2014年8月14日

8月17日2014年の週報に掲載

 本日は、年に一度の恒例となってます「心に光を」講壇交換です。「心に光を」放送は、AM1210 KZOOラジオから毎週月曜日から金曜日まで、午後2時45分から放送されています。放送開始は、1981年ですから、今年は33年目になります。現在、7名の牧師が週ごとに担当しています。月曜日を担当していた正木茂先生は、体調を壊されて休養していますが、復帰を祈っています。北村美餘子姉がアナウンサーとして、この放送を始められたことを覚えます。

 この放送の目的は、キリストの福音を伝えることです。正確な統計はありませんが、相当に多くの方々が教会に導かれています。その中には、井下泰文先生のように牧師にまでなった方もいます。日本で伝道していた私にとっては、これほど多くの聴取者のいるラジオ局から福音を語ることが出来るというのは夢のような話です。

 「心に光を」放送の財源は、すべて有志による献金によります。どうぞ、この働きに献金をもってご参加ください。一人でも多くの方々にキリストの福音をお伝えするために、この放送が用いられますように。ご協力をお願いいたします。

関真士牧師

2014年8月7日

8月10日2014年の週報に掲載

 今日は、第二礼拝の後に、スモールグループの分かち合いの時を持つ予定です。「分かち合いのポイント」を配布していますので、どうぞご利用ください。

 気持ちの良いグループにするために、それぞれがテーマからはずれないこと、話し過ぎないこと、教えない、批判しない、聴くことを心がけていきましょう。

 先週は「あなたの隣人とは誰ですか?」という問いかけをしました。答えはメッセージの中でも語りましたが、自分の隣人は、はっきりしたでしょうか?

 奇しくも、英語部のジョン牧師も「良きサマリヤ人」の箇所からメッセージを語ったそうです。今、ホノルル教会全体に「隣人を愛する」ことについて、主が語ってくださっているのでしょう。愛することについて、もっともっと知識において、実践においても深めていきましょう。

8月24日に洗礼式が持たれます。洗礼を希望する方は、関牧師までご連絡ください。

関真士牧師

2014年8月1日

8月3日2014年の週報に掲載

 ここハワイも暑い日が続きます。どうぞ水分補給をしっかりして過ごしましょう。礼拝堂の入り口の所に、水が置かれていますので、どうぞご利用ください。

 ここ何回か、礼拝の祝祷の時に、子供たちが前に出てきています。これは、子供たち自身に、自分は礼拝に参加しているという意識を持たせるためです。礼拝堂のラナイの後ろに子供のスペースがありますが、子供も礼拝に参加しているのです。

 また私たち大人にも、私たちは子供と一緒に礼拝しているという意識を持っていただくためです。どうしても、礼拝は、大人向けの内容になっています。せめて祝祷の時には、子供がいることを意識したいのです。

 またメッセージの後に、黙想の時間を持つようにしました。これは、メッセージに応答することによって、御言葉が心の深くに留まるためです。特に「**牧師の」というフレーズが取れて、御言葉だけが残って欲しいということを考えてのことです。 礼拝は常に刷新され続けるものです。礼拝が真の礼拝となっていきますように、これからも試行錯誤し、祈り求めていきましょう。

関真士牧師

2014年7月25日

7月27日2014年の週報に掲載

 この一週間「愛すること」について、どのように歩んで来られたでしょうか。どんな御霊の実を分かち合うことが出来たでしょうか。

 私たちの人生は、悩み多き人生です。どうせ悩むのなら、愛されないことで悩むより、どのように愛するかで悩みたいものです。

 私たちは、すでに神に愛されているのです。愛されることを求める人生から、愛することを実行する人生に、生き方を転換いたしましょう。

 もし、愛することにおいて失敗したら、さらに主に「愛し方を教えてください」と祈り求めていきましょう。独りよがりではなく、本当の意味で「愛すること」は、とても難しいのです。自分のことばが、行動が、相手を愛することになっているのか? 御霊の実を分かち合う事になっているのか? 深く考えさせられます。

 しかし、イエスこそ、愛の教師です。私たちは、イエスを通して「愛すること」について学ぶことが出来ます。モデルはいつでもイエスご自身です。

関真士牧師

2014年7月18日

7月20日2014年の週報に掲載

 私たちが伝えたいものは、それは「福音」です。福音とは、主イエスが、私の罪のために十字架で死なれたこと、そして復活したことです。さらに、その十字架の死と復活が、歴史の事実であることです。時代が変わり、人が変わり、何が変わっても、私たちが伝えるものは変わりません。

 ただし、伝える方法は、時代によって、聴き手によって変わって来ます。その時代の言葉で、聴き手に分かる言葉で、福音を解き明かすことが大切です。

 さらに、自分自身が福音に生きることです。福音について説明するのと同時に、その福音を信じるとどうなるのかを見せるのです。それがキリストの証人ということです。

 罪が赦されるとどうなるのか? 傷が癒されるとどうなるのか? 神の愛を受けるとどうなるのか? そのことを生き様を通して見せていくのです。もちろん無理に見せようとパフォーマンスをしても意味はありません。福音を信じて救われた、自分をありのままに生きることです。

 それが御霊の実を分かち合うということです。

関 真士牧師