2020年10月21日

10月18日2020年の週報に掲載

 3月に教会が閉鎖となり、会堂礼拝も閉鎖となりましたが、オンラインを通して集会が継続され、教会の運営も守られていることを感謝いたします。

 この数か月にあった一つのテーマ「先行き不透明」ということです。
 コロナ下においての社会情勢も、教会の現在の運営を考えても、将来のことを考えても、常に、「先行きは不透明です」という一言が付け加えられます。

 加えて、牧人先生のビザの件も、今年に入ってから、常に「先のことは不透明です」と言い続けてきました。
 ある程度の目途がつくと、それに合わせて心も合わせていくのですが、「先行き不透明」なので、心の持って行き場がないのです。

 この状況にもご臨在される主に想いを向けるとき、主は、私に、私たちに何を語っておられるのでしょうか。

 私には、不透明であっても、主はご存知です。私には不確かであっても、主は確かなお方です。
 常に最善を計画し、摂理を持って導いてくださっている主に信頼すること、そこに尽きるのだろうと思います。

関真士牧師

2020年10月15日

10月11日2020年の週報に掲載

 皆さまのお祈りを心から感謝いたします。 このようにホノルル・キリスト教会での働きに復帰し、皆さまと共に教会生活を送れる恵みを感謝いたします。

 この度、私はビザのことで多くのことを主から教えていただきました。 それはまず、私の思いよりも主の御思いははるかに大きい、という真実です。
 特にこの半年間、私はビザ問題で揺さぶられる中、それでも未来に様々な計画(仮説)を立てては、ことごとくそれらを崩されていく体験をしました。

 この約1ヶ月間も、失効期限の9/6までにビザが更新できることを祈り願いました。 しかし、とうとうその日は過ぎてしまいました。 そして、10月(今月)の帰国へ向けて動き出した矢先、誰も予期せぬタイミングでビザは降ってきました。

 未来を見据えて、心を固めては、その未来は覆される…、しかし、そのような体験の背後には多くの祈りがあり、その声を聞き届けてくださった主の御手は、主の時の中で動いている、と認めざるを得ません。
 私の心ではなく、主の心にすべてを明け渡して生きることを教えられています。 皆さまのお祈りがあって、この時、与えられたビザです。感謝いたします。

高木牧人牧師

2020年10月2日

10月4日2020年の週報に掲載

 教会隣の牧師館に住んで、4か月が経ちました。旧オバマ邸の売却が進まず、私たちの住まいが決まるのは、まだまだ先のようです。

 この牧師館は、風を通しがよく、マノアの谷から心地よい貿易風が吹いてきます。こんな大きな、快適な場所に住まわせていただき、感謝の一言です。
 朝、ラナイで持つデヴォーションのひと時は至福の時です。最近、呼吸の祈りを続けています。深く深呼吸しながら、主に想いを向けます。

 私たちの霊性とは、日常生活の中に主の臨在を見ていくことです。ついつい衝動的に反応してしまことが多いのですが、一呼吸おいて、主に想いを向けると、そこに新しい発見があります。

 今週も、主を求めていきましょう。

関真士牧師

2020年9月28日

9月27日2020年の週報に掲載

 高木牧人先生の、宗教ビザの更新が降りました。 なんと、期限を過ぎてから降りました。 皆様のお祈りを心から感謝いたします。 すでに、働きの引継ぎを終え、日本に帰国する準備も始めている中での出来事でした。 9月22日付で働きに復帰いたしました。

 ビザが降りるのが遅れたのは、コロナの影響で移民局の働きが停滞したのが一番の原因です。 しかし、その中にも、主の計り知れない計画があることを私たちは知っています。 このことの意味は、もしかしたら数年先、数十年先に分かるのかもしれません。 しかし、きっと、「ああ、そういうことだったんだ」と驚き、主をあがめることでしょう。

主は、良いお方です。 God is Good All the Time

 また高木先生の将来について、すでにお知らせがされていますが、今後の高木先生、千恵夫人の歩みのために、またホノルル教会における働き人の必要のために、お祈りをお願いいたします。

関真士牧師

2020年9月21日

9月20日2020年の週報に掲載

 ぶどうの木のたとえ話から、シリーズでメッセージを語っています。

 そのテーマを全体として学ぶこともいいですし、今回のように御言葉を一語一語じっくり学ぶのもいいですね。
 ホノルル教会版の日々のデヴォーションページが開かれています。 一日一章、数名の方が担当してくれています。 ホームページの会員ページから、どなたでも御覧いただけます。

 紙で読みたい方のためには、教会図書にファイルがありますので、どうぞご利用ください。 また字のサイズをとても大きくしたコピーも用意してありますので、視力の弱い方も見やすくなっています。
 私も、これを読んでいると、本当に恵まれます。他の人の視点や感じ方を通して、御言葉の世界が広く豊かになります。 自分一人だけでは、本当に一部しか分からないのだと思わされます。

 また書く側としては、書くことで自分の考えを整理することが出来ますし、表現することで、もっと自分のものになります。 書き手も募集していますので、チャレンジしてみてください。

関真士牧師

2020年9月14日

9月13日2020年の週報に掲載

 先週のメッセージでは、身内のことを褒めるようなことを話しました。 日本では、身内をほめることは、恥ずかしい事と思われます。

 例えば、愚息とか、愚妻と言ったりします。身内を褒められると、逆に、そんな褒められるような者ではないことを話し始めます。 「お宅の息子さん、**が出来て素晴らしいですね」と褒められたら、「いえいえ、家の中では、全然そんなことなくて、あれも出来なくて困ってますよ。」などと言い始めますが、顔は満面の笑みです。

 身内を褒められると、反射的に首を振って、そんなことありませんと否定したくなります。

 日本では、家族と自分は一心同体という考え方があります。 結婚も両家の結婚と言うくらいです。 ですから、子供や夫、妻を褒めることは、自分を褒めることと同じなのです。 なので、自分を褒めることを恥ずかしいと感じさせる文化の中では、身内を褒めることを恥ずかしいと思うのです。

 対して米国は、個々の人格が別ものとして尊重されますから、子供が褒められても、自分が褒められているとは、あまり思わないので、身内でも思いっきり褒めるのです。 ここは、ハワイですから、身内でも褒めさせていただきました。

関真士牧師

2020年9月10日

9月6日2020年の週報に掲載

 「神の摂理」という言葉があります。 摂理とは、運命とは意味が違います。 計画とも似ていますが、厳密には違います。
人間の考えを超えた、神の意志です。 ですから、人間の知識で納得できるものではありません。

 私たちは、主に願い事をします。 しかし、私たちの信仰とは、願い事が叶うことを信じることではありません。 願い事を訴えている相手、天の父なる神を信じることです。
 ですから、願い事をしながら、願い事が叶わない場合を想定して準備することは、決して不信仰な事ではありません。

 今回は、この文を書いている時点では、高木先生のビザがどうなったか分かってません。 5日にビザが降りるかもしれません。 降りないかもしれません。 降りたら奇跡、でも降りなかったら? いえ、降りなくても奇跡なのです。
 通常では2月に降りているビザが降りないというのも、普通のことではありません。

私は、心のから高木先生と千恵夫人がハワイに居てくれることを願っています。 「しかし、私の願いではなく、天の父の御心がなりますように」と祈ります。

 私には、神の計り知れない計画の全貌は分かるはずもありません。 まさに神の摂理なのです。 ここまで最善に導いてくださった主は、これからも最善をしてくださると信じることは、難しいことではりません。 神の摂理です。

関真士牧師