2020年8月31日

8月30日2020年の週報に掲載

 私たちの住むオアフ島は、感染が拡大し、またロックダウンになってしまいました。 新型コロナウイルスによって、ひっくり返された私たちの日常は、一体いつになったら戻ってくるのでしょう?

 皆さんに会いたいです。 あの風薫るマノアの会堂で、笑顔で朝の挨拶を交わした日常…、
 ソーシャルホールに細長い白テーブルを並べて、一緒に美味しくいただいたランチ…、
 賛美の歌声を響かせて、ともに御言葉を聞き、膝を交えて祈る楽しい祈祷会…、
 日常を取り去られた教会にとって、半年前のあの賑やかな情景は、今、私の心に夢のように映っています。

 教会(呼び集められた者たち)の日常を待ち望みつつ(夢見つつ)、今日も私たちは、天のお父様に心を一つに祈りたいと思います。
 どうか主よ、この試練にあっても、一人ひとりをあなたの御手で守ってください。
 どうか主よ、私たちが安心して集まることのできる、その日を早めてください。
 どうか主よ、この島と、ここに住む私たちを憐んでください。

高木牧人牧師

8月23日2020年の週報に掲載

 高木牧人先生のビザが、現時点まで降りていない。 9月6日までに降りなければ、一切の働きができなくなる。 今のところ、日本に帰国する予定だが、その後の歩みについては、何も分かっていない。

 今回のケースは、トランプ政権による移民排斥の動き、COVID19によるビザ発給業務の遅延などにより、移民の専門弁護士でも、先がまったく読めない状況にある。
 しかし、ここまで分からないと、逆に信仰によって歩むことの意味を教えられる。

 もともと人生とは、先の見えない旅路である。 その中で予測をし、予定を立てていく。 しかし、厳密に確かなことは何もない。 予測が外れ、予定が変わることは普通のことだ。

 しかし、私たちには不確かでも、神にとっては、すべてが確かなことだ。 神はすべてを知っておられる。 ここに、神の摂理がある。
 神に信頼し、従っていく道は、なんと幸いな旅路だろう。 何年が後に今のことを振り返り、神の絶妙な導き、計画に、きっと感嘆し、主を賛美していることだろう。
 この旅路に、主は共にいてくださるのだ。

関真士牧師

2020年8月20日

8月16日2020年の週報に掲載

 世界中が未だコロナ渦にあって、私たちの住むオアフ島も毎日の感染者数を見ていると、まだまだ緊張が走ります。 十分に気をつけて、生活をしていきましょう。

   この数ヶ月で、私たちの生活は一変しました。 教会の働きも変えざるを得ない中を、今日も通されています。 しかし、変わらないものがあります。 それは、神のことば、主イエス・キリストです。
 永遠に立つ神のことばは、いつも私たちの近くにあります。 いつでも、私たちはその御声に耳を傾けることができます。 このような何が起こるか分からない時期だからこそ、日々みことばの糧をいただき、その力の源を心に蓄えていきたく願います。

 多くの方々からディボーションの分かち合いが寄せられ、私自身、大きな励ましを頂いています。
(HCCディボーションブログ→ https://www.honoluluchristian.church/blog )

 神のことばが、私たちを守ります。
みことばをともに聞き、ともに養われ、ともに成長する喜びを今後もさらに体験していきましょう。

高木牧人牧師

2020年8月13日

8月9日2020年の週報に掲載

 上村功子先生は、現在ホスピスに入っています。主のもとに帰る日が近づいています。

 私と功子先生の出会いは、1984年サンノゼにあるサンタクララ教会においてでした。功子先生は、ご主人のKC先生と、当時は教会の役員として、聖歌隊の指導者として、夫婦で主と仕えておられました。
 私は当時19歳でした。私のことをしんちゃんと呼んで、いつもほっぺたに手をぺんぺんして、可愛がっていただきました。

 それは、今でも変わりません。先日も病院でお会いしました時も、しんちゃんと呼んで、手を伸ばしてほっぺたをぺんぺんしくれました。

 私が1988年に聖書学院に入学した時には、その一年前に聖書学院に入学したKC先生と一緒に夫婦寮におられました。
 その時に、私の一学年先輩のれいに、「今度入ってくる関君は、れいと合っているよ」みたいなことを言っていたということです。

 私たちが、誰でも必ず迎える、最も自然で、最も荘厳なひと時を功子先生は迎えています。
 主の栄光の臨在が功子先生を包み、平安と希望に満たしてくださいますように祈ります。

関 真士牧師

2020年8月7日

8月2日2020年の週報に掲載

 ハリケーンが逸れ、大きな被害もなく守られたことを感謝します。

 ハワイ、特にオアフ島にハリケーンが直撃することは、滅多にありません。 おそらく、避難したり、準備しても、空振りになることが、これから多くあるでしょう。
 しかし、東日本大震災の時に被災した牧師の言葉が今も心に残ります。 「100回、警報が外れても、100回逃げてください。」と言われました。
 私たちは、今回も大丈夫だろうと思いつつも、常に避難、準備を怠らないことです。

 今回は、私が赴任して以来、ハリケーンで会堂礼拝がクローズされたのは初めてです。 すでにオンラインでの礼拝配信のシステムが機能していたので、それもクローズすることを後押ししました。

 このオンライン礼拝というものが、今後、どのように進むのか、とても興味深い所です。 ホノルル教会のユーチューブ登録がコロナ以降200人以上増えています。 このような現象も踏まえながら、アフターコロナの教会のあり方を考えていきたいと思わされています。

関 真士牧師

2020年7月28日

7月26日2020年の週報に掲載

 今週から、ヨハネ15章の「ブドウの木」の話からメッセージを語って行きます。
 一回で終わらせることも出来る箇所ですが、今回は、10回くらい? かけてじっくりと御言葉を掘り下げたいと思います。

 また、今私は、礼拝における「間」(スペース)について考えています。 「間」とは、聖霊の働きに想いを向けるための「間」です。

 新しい試みとして、特にメッセージの中に「間」を設けたいと思います。 私は、どちらかと言うと、言葉多く、畳みかけるような話をする方だと思います。 そこで、メッセージの中で、何度か黙想の時を持ちます。 語られたことを思い巡らして整理して、次のポイントに進んでいきたいと思います。

 教会の歩みにおいても、個人の歩みにおいても、聖霊の働かれる「間」(スぺース)を、人の思いが奪ってしまことがあります。 「間」を大事にすることを意識していきたいと思っています。

関真士牧師

2020年7月21日

7月19日2020年の週報に掲載

 12日から少人数による会堂での礼拝が再開し、教会の歩みにも変化があります。 振り返れば3月中旬に、教会の建物が一時閉鎖になり、約4ヶ月が経とうとしています。 今も緊張と隣り合わせの中、教会は日英で話し合いを重ねつつ、慎重に前進を続けています。

 将来が見えにくいこの状況は、きょうを歩む私たちにとって不安や恐れを抱かせます。 コロナ前のあの安心できる日常が、いかに恵みであったかを痛感させられます。

 この4ヶ月間で、教会の働き、その形も今までとは変えざるを得ない中を通されて、今日があります。 オンライン礼拝、Zoomによる祈祷会や学び、電話連絡網を通してなされる対話、その他にも、閉鎖と同時に完成した教会ホームページを見ると、いかにこの期間で新しいことがなされたか、その一つ一つに教会のたくましさを思います。

 かつての安心できる恵みの日常を待ち望みつつ、今、私たち教会はどのように在るべきか? そのことを互いに問いつつ、ともに歩み続けていきたく願います。

高木牧人牧師